エピローグ


 残暑の厳しい八月の後半、東京で芥川賞・直木賞の授賞式が行われた。

 紫は受賞作品の「蝶の寝床」のモデルについて再び報道陣に囲まれたが、一切のノーコメントを通した。
 中には挑発的に揚羽との関係を取り上げる紙面も散見されたが、徐々にその騒ぎも収束に向かっていった。
 早々に紫の新作が刊行され、そちらに話題が移っていったためだった。

 夏休みを挟んでいたせいか、学校で紫と揚羽のことは大っぴらな話題にはならなかった。
 ときどき、囁くように噂は聞こえてくるけれど......。



 紫と揚羽は、海の見える高台の墓地に来ていた。
 響子が亡くなったとき、麻倉の母が麻倉家の墓に響子を祀ることを拒み、人づてで用意された墓地にたったひとりで閉じ込められた。
 その小さな墓石の横には、もうひとつ同じ大きさの墓が並んでいる。
 麻倉のものだった。

 あの日救急車で運ばれた麻倉は、病院に到着して数日で息を引き取った。
 最後の瞬間、意識はもうなかったが、やっと全ての悩みや迷いから解放されたような、安らいだ表情をしていた......。


 「揚羽、もう行くぞ」
 花を供えて、一生懸命墓石を掃除する揚羽に向かって紫は言った。
 「待って、あともう少し......」

 「この後、姉さんたちの墓にも行かないといけないんだから、早くしろ」
 「うん、今行く」

 揚羽は慌てて後片付けをして、紫の後を追った。
 駐車場に停めてあった車に乗り込み、エンジンをかける。
 「もうお盆から日にちが経ってるから、お参りにくる人もほとんどいないな......だが、やっとこれで肩の荷が下りた気がする......」
 紫の表情は、なにかふっきれたように落ち着いていた。

 「あの、ばかなこと聞いてもいい....?」
 揚羽はおずおずと尋ねた。
 「何だ?」

 「私、ずっと叔父さんを好きでいていいの?私が傍にいたら、また叔父さんに迷惑をかけてしまうかもしれない......」
 
 禁断の愛ゆえに破滅していった麻倉......。
 真実を知ることができ、彼は命が燃え尽きる直前にほんの少し救われたかもしれない。
 だが、麻倉が愛し合っていたはずの女の命を自らの手で絶ってしまった非情な事実は消えない。
 その激情に触れ、また血を越えて愛し合うことの重さに、揚羽は懊悩していた。
 

 「......ほんとにどうしようもないな、おまえ」
 紫はふうっとため息をついた。

 「何度言えば、何度おまえを抱きしめればおまえは安心するんだろうな......。どんな誓いをたてればおまえは納得するんだ?」
 「誓いだなんて.....そんな......」
 揚羽は俯いた。

 「俺たちはいつも傍にいて言葉を交わせる。触れ合うこともできる。もしも不安なら、ただそうやって想いを確かめ合っていけばいいんじゃないか」
 「......」
 「誓いや約束が欲しいならいくらでもやる。だが大事なのは、相手と自分の気持ちを信じ続けることだけだ」

 紫は揚羽の目を強い光で見つめた。
 そして、揚羽の身体を強く抱きしめる。

 「......迷うなといってもおまえには無理だろうから、今はそのままでいい。ただ忘れるな。俺ははじめて会ったときから、おまえを守り抜くと決めたんだ......だから、もう考えるな」
 
 「......ありがとう......」

 紫は揚羽を抱く腕に、いっそう力をこめた。
 揚羽は気の遠くなるような至福の中で、紫の胸に包まれていった......。



(スワロウテイル・完)




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