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 知っているか。
 
 はじめて言葉を交わしたとき、俺がどれほどお前に魅かれたかを。

 どれほどお前に焦がれているかを。



 この上もなく高貴で美しく

 凛として、華やかで、それでいて時折儚げな翳を見せる女。



 何度抱きしめてしまおうと思っただろう。

 お前の心に宿る男を

 何度殺してやりたい衝動に駆られただろう。



 渇いて....渇いて....渇ききって......

 気が狂いそうになるほどお前を欲しいと思った。



 涙でも罵りの言葉でもいい。

 俺だけにお前の破片(カケラ)をくれ......。






 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 「鳩羽、こんなところにいたのか。探したぞ」
 背後からいきなり、クラスメイトの名取朱実が声をかけた。

 煙草を吹かしながら芝生の上に寝そべっていた鳩羽優は、悪びれもせず身体を起こした。
 「......おまえは俺のお目付け役かよ。....全く、人がせっかくつまんねー授業サボってくつろいでる時によ」


 ----世間から隔絶された名門校・宝条学院高等部----
 名門の子弟たちばかりが集うこの学院に、ほんの二週間ほど前に入学したばかりの鳩羽は、体育館裏の小高い丘の陰で一人、高い空を見上げていた。

 初等部からの進級組が圧倒的多数を占める生徒たちの中で、高等部からの編入、しかもここ何年も適用されたことのない奨学生として入学した鳩羽には、激しい異端の目が向けられていた。
 無論そんな視線に弱腰になる鳩羽ではなかったが、少々面白くないのも事実だった。

 編入試験はほぼ満点の出来、スポーツなどの身体能力も標準以上と自負する自分が、ただ生まれ育った環境が違うというだけで格下扱いされることなど、論外である。
 寮で同室になった朱実は、学生たちの頂点に立つ英絹の分家筋の者でありながら、そんな「貴族主義」の連中とは一線を画す、穏やかで芯に強いものを秘めた、心優しい男のようだった。
 唯一、友となれそうな予感はしていたが、なにぶんまだ出会ってから日が浅い。
 生来のひねくれものな性格も相まって、素直に打ち解けてはいない状況だった。



 「....まあそう言うなよ。....俺にも一本くれないか」
 そう言って、朱実は鳩羽の横に腰を下ろした。

 「へぇ、いかにも真面目そうなおまえが吸うのか? 無理に俺に付き合う必要はないぜ」
 「いや、俺も一度吸ってみたかったんだ」

 「....タバコ初体験かよ、全くおぼっちゃまって奴ぁ」
 ぶつくさ言いながら鳩羽は箱から一本抜き出し、朱実に手渡した。
 「息、吸い込めよ」
 ポケットからライターを出して、火をつけてやる。

 咳き込むかと思いきや、朱実はスーッと白い煙を吐き出した。
 鳩羽も同様に自分の煙草に火をつけ、煙をくゆらせる。
 「何だ、結構さまになってるじゃねーか。で、何で俺を探してたんだよ?」

 「....ああ、今年のクラス委員を決めるってことで、次のHRまでに鳩羽を連れて来いってさ」
 「ふん、俺にはカンケーない話だな。....まあ、ここにいるのも飽きたから、そろそろ戻るか」
 制服についた草を掃いながら、鳩羽は重い腰を上げた。

 「名取、おまえも戻るんだろ?」
 「......朱実でいいよ。友達は皆そう呼んでる」

 「......ただでさえ、評判の悪い俺がおまえを名前で呼んだりしたら、その友達とやらも変に思うんじゃねーの?」
 鳩羽は皮肉げな笑みを浮かべた。

 「言いたい奴には言わせておけばいいさ」
 朱実は涼しげな顔で、微笑んだ。

 「おまえ....変わり者って言われねーか?」  
 「....お互い様だろ」 

 鳩羽は、朱実の深い色の瞳をじっと見つめ、この男を信頼してみるのも一興だという気分になった。
 純血種ばかりのこの学院の中にあって、毛色の変わった自分と友になることを厭わない男・朱実......それが彼らのひとつの出会いだった。






 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 HR開始ぎりぎりに教室に戻った二人は、それぞれの席に座った。
 また鳩羽の方を伺いながら、背後にささやき声がもれ聞こえる。

 ----うんざりだぜ、俺の悪口以外、しゃべることがねーのかよ。ヒマ人どもが----

 半ばあきらめのため息をもらしながら、椅子の背もたれに身体を投げ出す。
 しばらくして、担任教師が教室に入ってきた。
 鳩羽の方にチラッと視線を送る。

 教師は黒板にHRの議題を書き始めた。
 今年度のクラス代表委員、保険委員、体育委員などの名前が書き出されていく。
 こういうことは公立の学校と変わらないのか、とさして関心もないまま、鳩羽はそっぽを向いていた。

 だがしかし委員名一覧を書き終えた教師は、教卓に向き直ってとんでもないことを言い出したのだった。

 「慣例の通り、クラス代表委員は前年度の成績最優秀者から出すことになっている。君たちは新1年生ということで、進級試験もしくは編入試験で最も優秀だった者から男女一人ずつ指名をさせてもらう」
 クラス中がざわめいた。
 教師がチョークを持ちながら、名前を書く。

 「えー、男子は、鳩羽優」
 「..........!」
 ざわめきが大きくなる。
 鳩羽にとっても、寝耳に水の話だった。

 「女子は......若狭綾にやってもらうことになった」
 .....若狭!? あの超級お嬢様?
 
 自分が委員などに指名されただけでも厄介なのに、その相方がこの学院の生徒たちの中でも更に名門の出と名高い若狭綾とは.....。
 同じクラスとは言え、ろくに顔を見る機会もなかったし、もちろん話したこともない。
 名前や噂などは時々聞こえてくることもあったが、自分に関するような噂とは対照的な、称賛の言葉ばかり。
 自分とは別世界の女だろうと、全く興味も関心もなかった相手と同じ仕事をする羽目になろうとは.....。

 だが一方で鳩羽は、自分の成績がクラストップであったことを痛快にも思った。
 家の出自なんかで、人間の価値は決まらねーんだよ、などと、やや卑屈に嘯きながら......。


 ようやく混乱も収まり、次々にその他の委員が決まっていった。

 ....HR終了のチャイムの音が鳴りはじめた。
 各自役割分担をしっかり果たすように、との言葉をかけ、担任は教室を後にした。


 休み時間、またもや噂話に花を咲かせる生徒たちに呆れて、不機嫌な表情をしている鳩羽の傍に、一人の女生徒が近づいてきた。

 「鳩羽くん?」
 「................」

 「若狭綾です。委員、一年間一緒によろしくね」
 「............!」

 差し出されたその白い手、たおやかに優しく微笑む綾がそこに立っていた。
 自分に対する偏見など全く感じられない、あたたかい笑顔だった。

 「お、おう.....」
 思わず鳩羽は、綾の手を握り返した。

 一目ぼれだった。
 今までにこんなタイプの女を見るのははじめてだった。

 長い艶々の黒髪。制服の端から伸びるすらりとした手足。
 くっきりした切れ長の瞳に、潤いのある口唇。
 どの部分も整い過ぎるほど整っているのに、全く冷たい印象を与えない。
 包み込むような柔らかい印象の美しさを放っていた。

 雷に打たれたかのような衝撃で、鳩羽は綾の顔を見つめ続けた。
 綾はそんな鳩羽を訝ることもしないで、再び笑みを返した。
 もう決定的だった。



 ......綾に魅かれたのはその美しさはもちろんだったが、何よりも先入観や予備知識で人を無闇に色眼鏡で見たりしない、その純粋さだった。
 家柄や名前などで人を判断するのではなく、ただ同じクラスの仲間として鳩羽と接しようとする、その態度が新鮮であり、綾への興味をひかれるきっかけとなった。
 ......以来鳩羽は、綾の姿を目で追うようになり、その想いは確実に鳩羽の中で確固たるものになっていくのだった。


 急速に駆け上がる想いに、鳩羽は自分自身に驚きを隠せなかった。

 どうしちまったんだ、俺は----?

 ....混乱しつつも、それは決して悪い気分ではなかった。そんな自分に出会うのははじめてのことだったから。

 鳩羽の高校生活は、綾、そして朱実との出会いによってやっと始まったと言っても過言ではなかった----。





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