エピローグ


 抱き合ったまま......いつしかふたりは眠りに落ちていた。
 幾度も愛し合ってなお、離れがたく絡め合いながら。

 
 そして夜が明けた。
 障子越しに射しこまれた、柔らかい陽の光に綾が目を覚ます。

 「おはよう....」
 すやすやと寝息を立てる鳩羽の顔を見つめながら、囁いてみる。
 そしてしばらくの間、一定のリズムを繰り返す鳩羽の胸に額を預け、綾は目を閉じた。

 疲れは、感じなかった。
 ただ心と身体の充足感だけが綾を満たしている。
 ふうっと軽いため息をつきながら、起き上がった綾は、浴衣に腕を通そうとした。
 すると、眠っているとばかり思っていた鳩羽が、背後から綾を抱きしめた。
 
 「起きてたの.....!?」
 驚いて振り返る綾に、鳩羽が答えた。
 「いや、おまえが俺の胸に頭をくっつけてるのに気づいて目が覚めた」

 「だったら、言ってくれればいいのに」
 頬を赤らめて綾が言う。
 「おまえの髪の毛がいい匂いだったから、そのままにしといた」
 悪戯っ子のように鳩羽が笑った。
 そして抱きしめた腕はそのままに、綾の長い髪をすくい上げ、口づけた。

 「あっという間に時間が過ぎちゃったな....」
 「そうね......でも来てよかった」
 鳩羽の腕に自分の手を添えて、綾がつぶやく。

 「こんなに何度もおまえを抱いたのに、まだ足りない。欲しいんだ。自分でも訳がわかんなくなるくらい」
 「鳩羽くん....」
 綾は後ろを振り返ることができなかった。
 自分もそうだったから。
 これほどに身も心も求められて、そして自分も同じように相手を欲しいと思う.....。
 そんな自分が不思議で....そして嬉しかった。
 
 「いやか?」
 綾はかぶりを振った。
 うなじを這う鳩羽の唇と指先に、自分自身が朱色に染まっていくのを確かに感じながら....。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「どうもありがとうございました」
 入り口に整列した従業員、そして女将がにこやかに挨拶をする。

 「こちらこそ、よくしていただいてありがとうございます」
 綾も鳩羽も、笑みをたたえて会釈をした。

 「いかがでしたか、この温泉郷は」
 女将が尋ねる。
 「景色も空気も澄んでいて、とてもいいところでした。あと旅館のほうもすごく居心地がよくって....」
 素直な気持ちを綾が伝えると、女将は嬉しそうに微笑み、礼を言った。

 そして従業員たちが次の仕事に向かうため、館内に戻って行った後も、女将はふたりを見送るため、たたずんでいた。
 数十m離れたところから再び綾は会釈した。
 すると、女将は迷ったように、しかし意を決したように二人の元へ駆け寄ってきた。

 「どうしたんですか!?」
 怪訝な表情のふたりに、女将は袂から一枚の写真を取り出した。

 「突然で、ごめんなさい。女将として本当は公私混同してはいけないのに.....」
 そこには鳩羽によく似た20代後半ほどの男性とその妻らしき女性が、幼い子供と一緒に写っていた。

 「これは....俺の家族の写真....?でもなんで......」
 驚いてたずねる鳩羽に女将は、
 「実は、私はあなたのお母様の従妹なんです。年はだいぶ離れてましたが、本当の妹のように可愛がってもらって....。だからあなたのお父様と駆け落ちしたときも、こっそり私にだけは手紙をくれていました。でもあるときを境にぷっつりと連絡が途絶えてしまって......」

 ちょうどそれは鳩羽の家が破産し、混迷を極めていた時期だったのだろう。

 「私も一時期、親と衝突して家を出ていたので、いつしかお互いに行方がわからなくなってしまったんです。そしてあなたたちご両親の思い出の地であるこの場所を訪れたときに夫と知り合ってこの旅館に嫁いで....」
 女将の目尻には涙がにじんでいた。

 「まさかこんな風にお会いできるなんて思ってなかったんです。お父様もお母様もお元気ですか?」
 胸のつかえが取れたかのように、女将は嬉しそうに尋ねた。

 「親父は....10年以上前に亡くなりました。お袋は今では弟とふたりで何とかやってます」
 静かに鳩羽は答えた。

 「そう....。じゃあ、今あなたはお一人で?」
 表情を曇らせながら問う女将に、
 「一人だけど....一人じゃないんです。今は」
 鳩羽は言った。

 「えっ?」
 一瞬考え、そして傍らにいる綾の姿を見た女将は、納得したようにうなずいた。
 「......安心しました。今お姉さんと、あなたたちが元気でいてくれているなら......」

 黙ってふたりのやり取りを聞いていた綾は、思わぬことの成り行きに驚きつつも、ほっと胸をなでおろした。
 そして、鳩羽の最後の言葉に胸がじんわりとあたたかくなるのを感じるのだった。

 女将は母から送られてきた手紙の内容に触れ、家族が幸せだった頃の話をかいつまんで聞かせてくれた。
 最後に鳩羽は母の連絡先を女将に告げて、ふたりは再び、感慨深いこの地を後にした。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「....俺の小さい頃の写真、もううちには無いんだ。一枚もらっとけばよかったな」
 列車のざわめきの中、ポツリと鳩羽がつぶやいた。

 「私、鳩羽くんの家族の幸福なお話を聞くことができて、本当によかった。小さい頃はあんなに可愛かったこともわかったし」
 綾が答えると、
 「『小さい頃は』って強調するなよ。まあ、今更可愛いなんていわれたかねーけど」
 と鳩羽が言い返した。

 「そうやってムキになるところが結構可愛いけど.....」
 くすくす笑いながら言う綾に、鳩羽がため息をつく。
 「何かおまえ、たった二日間で性格変わってねーか?」

 「....変われたのなら嬉しいの。学院から思い切って飛び出してよかった。ありがとう....」
 「ふ....ん。まあ、俺はおまえがどう変わっても絶対離したりしねーから覚悟しとけよ」

 「......」
 そう言ってふいっと窓の外に目をやる鳩羽の背中を綾は見つめた。
 この旅で深まった絆と、とてもほどけそうにないふたりのつながりを噛みしめながら........。



(女神・完)

 

 
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