風が微かに頬を撫でていった。
 穏やかな凪の音が聴こえる......。
 
 綾はふと目を覚ました。
 気がつくと、鳩羽は少しだけ開け放たれた窓辺にもたれて、外を眺めている。

 静か、だった。
 先程までの荒々しい情交が嘘のように....まるで時間が止まってしまったかのように、鳩羽は黙って窓外を見つめ続けている。
 いつも強引で、不敵な態度ばかり見せる鳩羽の、こんな一面を綾は見たことがなかった。

 「........起きたのか」
 やさしい表情で鳩羽が振り返る。
 「ごめんなさい....私....眠っちゃったのね.....」
 綾は慌てて、はだけた浴衣の前を合わせた。

 「寝顔、可愛かったぜ」
 鳩羽の軽口に綾の頬が赤らむ。
 無防備な寝姿をさらしてしまったことだけでなく、旅先だという心の変化からか、いつもより一層敏感に....そして熱く鳩羽を受け入れた自分に気づいたからだった。

 「眠ってたのはほんの一時間くらいだから気にするな。とりあえず、せっかくこんなところまで来たんだからちょっと外に出ようぜ」
 「....ええ、ちょっと待って。着替えてくるから」

 寝乱れた布団をさっと整え、綾は行きに着てきた洋服に着替えた。
 頬の色味を確認し、つややかな黒髪に櫛を通した後に、軽く口紅をさす。

 「行こう」
 差し出された大きな手をそっと握り返しながら二人は歩き出した。
 フロントを通るときに、女将がさりげなく微笑んで会釈をする。
 宿泊客の行動を詮索しないのも、綾にはありがたかった。

 宿から数分歩くと、もうそこは静かな海辺だった。
 まだ少し風が肌寒い。

 「どうしてこの場所を選んだの?」
 ふいに綾がたずねた。
 「こんな素敵なところに来られてすごく嬉しい....。もしかして前にも来たことがあるとか?」

 「....ここは、俺自身は来たことなかったんだけど、俺の両親がはじめて出会った場所らしいんだ....」
 「えっ!?」
 今まで自分の家族のことなど口にしたこともない鳩羽がそんなことを話しだしたので、綾は驚いた。
 
 そんな綾の胸中を悟ったかのように、
 「....ああ、そういやおまえには俺の家族のこととか何にも話してなかったよな」
 と鳩羽は答えた。

 「俺の両親が学生時代にここで出会って、恋愛関係になったらしい....。何だかイヤな偶然だけど、金の無い親父と旧家の一人娘のお袋はそれぞれの親に反対されて、駆け落ちまでして一緒になったんだってさ」
 「....そうだったの......」
 綾はほうっとため息をついた。
 どんな出会いを経て二人が恋におちていったのか....綾は想像をふくらませたが、次に続く鳩羽の言葉を聞き、黙りこくってしまった。

 「俺と弟が産まれて....苦労して親父は会社を興して、やっと幸せな時間が訪れたと思った。けど、それは長くは続かなかった。小さかった俺には事情はわからないけど、山のような借金を抱えて会社は倒産した。お嬢様育ちのお袋は精神的にも体力的にも限界で倒れちまった....。そして親父は保険金目当てで首をくくったよ。お袋のために」

 「......!!」
 愕然とした綾の表情に、鳩羽は我に返った。
 「悪ィ、こんなつまんねー話までしちまって....。ただ.....俺が言いたいのは....俺は親父の二の舞にだけはなりたくないってことなんだ....。学歴も経済力も誰にも負けない....。場違いな宝条に入学したのもその足掛かりだ。
俺はどんなことをしても大事な人間を不幸にさせたりしない。絶対に......」

 綾は鳩羽の中に鮮やかな動と静を見た。
 しんとした静けさの中に海を見つめつづける瞳....。
 己の裡にある激情をぶつける姿....。
 自分は何も彼のことを知らなかったのではないか。
 
 裕福な名門の子弟たちが集う学院の中で、彼の存在は異色だった。
 幼いころから何かにつけ苦労してきたであろう鳩羽には、他の誰も気づかなかった綾の心の中に何か共振するものを感じ取ったのかもしれない。
 綾は鳩羽に出会ってはじめて自分が孤独だったことを知り、鳩羽は綾に出会ってはじめて自分が愛を渇望していたことを知ったのだった。

 「私が鳩羽くんの傍にいるわ....ずっと。......いても、いいでしょう.....?」
 綾は微笑んで、まっすぐに鳩羽の顔を見た。
 同情でも憐憫でもない、心からの愛の言葉だった。

 「綾.......」
 息もできないほどに抱きすくめられ、綾もそっと腕を伸ばし鳩羽を抱きしめ返す。
 長い長い口づけを交わした後、ふたりは暮れかけた陽の光が、海にとけていくのを見た。

 鳩羽に包まれながら、綾は何も言わずにその美しさを黙って見つめ続けていた......。





 互いの想いを再確認した二人の夜は、ただ熱かった。
 月明かりが、遥か遠く幽かに浮かぶ雪嶺をゆるやかに照らす。

 ふたりは、部屋の外の露天風呂に入っていた。
 特別室だけに設えられた甘美な空間....。

 生まれたままの姿で、とうとうと湧き出す熱めの湯に浸かりながら、絶景を楽しむゆとりもなく、ただ触れ合っていた。
 無造作に結い上げた綾の髪の先から、雫がぽとりと落ちる。

 鳩羽はいつものような余裕ある愛撫ではなく、ひたむきに無我夢中に綾を愛し続けた。
 額....瞼.....頬......唇、首筋も肩も指先も......乳房も......乳首も、腰も......、花芽も内腿も膝も.....そして爪先までありとあらゆるところに鳩羽は口づけをし、舌先でなぞり上げる。
 綾を愛おしみ、神々しいもののように優しく激しく包み込む。

 「あぁ......あ......んん......ああ........」
 全身を這う鳩羽の熱い唇....ツーッと伝い落ちていく湯の感触に、何度も綾はうちふるえた。
 自分がどこにいるのかわからなくなってしまいそうな........蕩けそうに溺れてしまいそうな自分を何度も奮い立たせた。
 そして綾は、いつしか目の前にある鳩羽の怒張に手を添え、口づけをしていた。
 鳩羽が驚いたように自分の前にうつむく綾を見つめる。
 普段どんなに求められても、こわいような気持ちが先立って拒んできた行為を、綾は自然に行っていた。

 「どう.....すればいいの? どうすれば感じる?」
 消え入りそうな声で綾は上を向いた。

 「無理するな....もう、充分過ぎるくらい感じてる.....」
 指先で自分の分身に触れられ、先端に綾の唇を感じたときから、もうすぐにでも綾を貫かずにはいられないほど高まっていた。

 鳩羽は綾を抱き上げ、室内の程よく暖まった浴室に連れて行った。
 四つんばいにした綾を後ろから一気に貫く......。

 「あぁっ......あっ......ああんっ......」
 切なげに苦しげに喘ぐ綾になお一層の愛情を感じながら、鳩羽は抽送を止めなかった。
 背後から覆いかぶさった鳩羽の重みと体の中心に蠢く熱く狂おしい塊を受け止め、綾は身体と心の至上の悦びを噛みしめる....。

 ふたりは愛情の.....そして欲情の赴くままに夜通し愛し合うのだった。




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