第一章
ようやく小春日和が続くようになってきた三月後半、宝条学院は春休みを迎えた。
全寮制の名門校である宝条学院では、それぞれ実家に帰る者、旅行をする者、街へ繰り出す者など、生徒たちが思い思いに羽を伸ばしに出かけて行った。
先だっての卒業式の日、役員をしていた綾は鳩羽に呼び出され、旅行に誘われた。
奨学金を受けながら学院に通う彼は、綾を連れ出したい一心で旅行費用を賄うべく、昨年暮れから週末のアルバイトに精を出していたのだった。
綾はもちろんそのことを知らなかったが、ぶっきらぼうに、ややためらいながら「春休みにどこかに行かないか」と誘う彼の背中を思わず抱きしめた。
「行く・・・・断るわけない・・・・嬉しい」
綾はそう答えながら、いつもは強引でクールな鳩羽の中に、別の一面を垣間見たような気がしていた。
小さな旅行鞄を抱えた二人は、それぞれ男子寮・女子寮を脱出し、海の近くのホテルに向かった。
「おまえの私服、初めて見たけど、やっぱお嬢様って感じだな」
列車の窓枠に肘をつきながら、鳩羽はまぶしそうに綾を見つめた。
「・・・・制服以外は洋服ってあまり着ないから・・・・。おかしくない?」
「いや、よく似合ってる」
由緒ある若狭家の令嬢として初等部から宝条学院に通う綾は、幼い頃から茶道・華道を嗜み、外出着といえば殆どが着物だった。
今日は肩が少し開いた、胸元にフリルのあるワンピースを着て、上着を羽織っている。今回の旅行のために、慣れないショップ巡りをして、選んだものだった。
ここ数日ずっと晴天だったにもかかわらず、今日は何やら雲行きが怪しくなっていた。
「降りそうだな」
「せっかくの旅行なのに・・・・」
綾の表情も曇り始める。
「天気なんてどうでもいいさ。おまえと一緒にいられれば・・・・」
そう言って鳩羽は、窓の外を気にする綾を抱き寄せた。
そして彼女も少し頬を赤らめながら頷いた。
学院からバスと列車を乗り継いで目的の駅に到着した頃、空は今にも泣き出しそうに薄暗くなっていた。
ホテルは駅から徒歩十分ほどのところにあるらしい。
本当はチェックインの前に砂浜を散歩したり、買い物をしたりしようと思っていたのだが、いつ降られるかもわからない。
とりあえずホテルに向かおうとしたそのとき、空から大粒の雨が落ちてきた。
あっという間にびしょぬれになる。
「タクシー拾おう」
駅に踵を返したものの、タクシーは一台も残っておらず、シーズンオフの海辺の町は人影もまばらだった。
「鳩羽くん、もうこのまま濡れていきましょう」
「俺は別に構わないけど、大丈夫か?」
鳩羽は、少し肌寒くなっている綾の肩を抱いた。
オリエンテーリングで雨に降られたときを思い出す。
あのときも広大な学院内の森に迷った綾を探し出した鳩羽は、ずぶぬれの綾に自分の上着をかけ、一緒に体育館まで戻ってきたのだった。
駆け足で走り出したふたりがホテルに辿り着こうとしたとき、近くに大きな雷鳴が響き渡った。
いやぁっ、と綾が声を上げる。
「ダメなの・・・・雷」
身体を強張らせながら、綾が思わず縋りつく。
「バカ、もう我慢できねぇよ」
鳩羽は強引に綾を引き寄せ、唇を奪った。
体中を滴る雨がどれだけ流れていったかわからないくらい、長い長いキスを交わす。
そして、徐々にお互いの身体の中心を熱いものが駆け抜けていくのがわかった。
すると、ホテルの玄関からフロントマンらしき男が傘を差して、出迎えにやってきた。
慌てて身体を離すふたりに咳払いしながら、
「失礼致します。お客様。鳩羽様と若狭様でいらっしゃいますか?」
「そうです」
「さようでございますか。ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
フロントマンに促されて、ふたりはホテルの中へ進んでいった。
それは、旧貴族の洋館を改装した、古くて味わいある建物だった。
石造りの建築が、どこかひんやりとした空気を醸しだしている。
「こちらがフロントでございます。そしてこの奥がサロンになっております」
差し出されたタオルで体を拭き、案内の声を聞きながら、綾はそっと囁いた。
「素敵なところね」
「ああ」
綾が気に入ってくれたのが嬉しく、思わず顔が綻ぶ。
旧式のエレベータに乗り、最上階の部屋に案内される。
「ではごゆっくりおくつろぎ下さい」
室内は大きなダブルベッドが中心に置かれ、サイドテーブル、ランプ、ソファなどどれも凝ったアンティークがバランスよく配置されていた。
雷はまだ鳴り響いている。
「先にシャワー、浴びてこいよ」
「ええ、ありがとう」
鳩羽は雷が嫌いではなかった。
ゴウゴウと風雨が唸り、空を割るような稲光がする。
そんな光景を眺めていると、何か心が燃え立つような・・・・それでいて楽しいような気がしてきたのだ。
-----幼い頃から母親の手で弟と二人育てられた。
父親がいなくて、寂しい思いやみじめな思いをしたこともある。
しかし、母親や弟の前では一切弱音を吐きたくなかった。
中学時代は悪い仲間とつるんでいたこともあったが、いつも成績だけは良かった。
家計の負担を減らすこと、そして自らの野望のために奨学生として宝条学院に進んだ彼は、運命的に綾に魅かれた。
「姫」と呼ばれ、学院中の羨望を受ける綾は、「庶民」として自分を誹謗する他の学院生たちとは全く違っていた。
同じクラスの委員として選ばれた鳩羽を、曇りのない優しい心で受け入れてくれたのだ。
かつて従兄弟の龝をずっと思い続けていた綾が、鳩羽に失恋を告白して泣き出したとき、怒りなのか嫉妬なのかわからない感情がこみ上げてきた。
わざと露悪的な言葉を吐きながら、愛しさゆえに綾を壊してしまい衝動に駆られ、無理やりに奪った。
誰よりも綾をわかっているのは自分なのだと、皆が思い描く華やかな気高い「姫」の顔の下に儚く崩折れそうな「少女」がいるのだと知っていて、抑えきれずに綾を抱き続けた。
綾の心までも自分だけのものにしたくて、あがき続け、もどかしい日々もあった。
しかし、学院での勢力拡大を目論む生徒会長との一件で、皮肉にもふたりの絆は強まった。
心からの熱情を真摯に打ち明けることができ、ふたりの間に身体以上の結びつきができたのだった。
荒れ狂う空を窓越しに見つめながら、綾がバスルームから出てくる気配を感じる。
「ごめんなさい。先に入らせてもらって」
バスローブの隙間から湯気が立ち上り、透けるように紅潮した頬や、熟れた桜桃のような唇が艶かしい。
「・・・・綾・・・・」
鳩羽の大きな手が綾の頬に触れる。
綾も鳩羽の髪を軽くなでた。
「雨の匂いがする・・・・風邪ひいちゃうから早く入ってきて・・・・」
「嵐、こわくないのか?」
「ちょっと・・・・でも大丈夫」
目を伏せた綾を強く抱きしめる。
そして額や耳たぶ、うなじにキスの雨を降らせた。
「あぁっ・・・・」
ちいさな吐息が洩れる。
シャワーに入る余裕もなく、鳩羽の舌は綾の身体を這いまわり始めた。
バスローブの紐を解き、何も付けていない真っ白な身体を抱いてベッドまで運ぶ。
もう耐えられなかった。
綾の乳房を揉みしだきながら、尖り始めたピンク色の突起を軽く噛む。
「あっ、あっ、あぁ・・・・ん」
甘やかな声に、鳩羽の中心もこわばりを増していく。
指先で敏感な芽を捉えられ、綾の中からとろとろと泉が湧き出しはじめた。
「もう、こんなになってる」
見せつけるように、鳩羽は溢れ出た愛液を指ですくい取り、舐めた。
「・・・・! いや、そんなの舐めないで・・・・」
あまりの恥ずかしさに哀願する綾を尻目に、鳩羽は今度は直接綾の花唇に口をつけた。
花芽を舌先で転がし、愛蜜を吸い上げる。
「はっ、はぁっ・・・・あっ、あっ・・・・ん、ああぁぁ・・・・ん」
断続的に綾の声が苦しさから悦びに変わっていく。
「ずっと、こんな風に・・・・じっくりと、お前を感じたかったんだ」
「は・・・・あぁ、もう・・・・」
執拗に花芽を苛まれて、綾はただ途切れ途切れに声を上げることしかできなかった。
愛撫する指はそのままに、今度は鳩羽の舌が唇を塞いだ。
激しく舌先が絡め取られ、吐息を漏らすことさえ許されない。
これ以上ないほどに熱く高ぶったもので、鳩羽は綾の奥深くを貫いた。
綾が切なげに苦しげに身体を震わせる。
荒い息を吐きながら身体を打ちつけ、鳩羽はいつもより貪欲に綾を貪った。
「あ、だめ・・・・もう、もう・・・・」
どこまでも沈んでしまいそうな感覚に、息もできず、綾は何度も昇りつめた。
そして、鳩羽も終わりが近いことを感じ、一層強く綾のなかに押し入ってくる。
綾の身体を抱きしめたまま、鳩羽は爆ぜた。
互いに汗ばむ身体を離すことができず、いつまでも抱き合っていた。
「お前のこと、何度抱いても、もっと欲しくなるんだ。おかしいくらいにな」
鳩羽がぽつりとつぶやいた。
心地よい真っ白なシーツにうつ伏せに横たわっていた綾は、鳩羽に頭をもたせかけて、言った。
「私も、こんな風になると思わなかった。あなたを、こんなに好きになるなんて・・・・」
恥じらいながら返された言葉に、鳩羽は胸が脈打つのを感じた。
「もう俺たちは離れられない、そうだろう?」
「・・・・ええ」
いつの間にか嵐はやんで、木々の葉を雨雫が伝い落ちる。
再び、唇と唇が重なり合う。
ふたりの恋夜は、まだはじまったばかりだった・・・・。
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