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 抑制の扉が

 真白に弾け飛んでいく


 その涙は罪


 衝動が駆け巡り

 体の中を覆い尽くす


 そう

 自分が狂っていることなど

 とうに知っている




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ----その茶室は、学院の開校以来脈々と受け継がれてきた伝統のあるものらしい。
 鳩羽は、誰もいないそのひっそりとした空間で、所在なげに壁に体をもたれかけていた。

 歴史を感じさせる建物はかなり古いはずだが、穏やかな明るい雰囲気で、綺麗に整頓されていた。
 これも部長である綾の性格故であろう。
 また今日は茶道部の活動が無い日ということで、更なる静けさが漂っていた。

 鳩羽が茶室にやってくるのは、入学して以来二度目----以前にここで茶を点てる綾の姿を垣間見たことがあった。
 当時綾はまだ一年生だったが、幼少の頃から茶道を嗜み、学院では中等部から茶道部に在籍しているだけあって、手慣れた様子で亭主の役割をこなしていた。

 ......華やかな髪飾りが施された長い黒髪、赤い色が印象的な艶やかな着物....。
 遠目にもわかるほど流れるような美しい手さばきで茶を点て、客人役の部員たちをもてなす綾の横顔に見とれている自分。
 「優美」という、今まで自分が使ったこともないような言葉が、頭の中に浮かんだことを覚えている。

 ここは綾が大事にしている、憩いの、そして神聖な場所なのだ。
 そんな所を待ち合わせにして「話したいことがある」と言われたら、本来ならば胸ときめかせる想いがわいてくるものだが、今そんな状況でないことは明白であった。
 憂い沈む気分のまま、なおも鳩羽は腕組みをし、壁に体をもたれかけ目を閉じていた。

 ふと人の気配がした。
 少し遅れて綾がやってきたようだった。

 .....鳩羽は努めて何も考えないようにしていた。
 襖を開け、綾が入ってくる。
 心臓の音が早くなっていく......。


 「鳩羽くん....」
 振り返ると、少し青ざめたような表情の綾が立っていた。

 「突然呼び出したりして、ごめんなさい....」
 すまなそうに俯く綾の細い肩に、黒髪が揺れる。

 ......わかっていた。
 綾が自分に何を求めているのか。

 嫌になるくらい、綾の気持ちがわかっていた。
 長い間秘めてきた想いがあっという間に壊されて、立っていることさえ辛い......。
 けれども綾にはそんな弱い自分をさらけ出すことは許されなかった。
 彼女はずっとそうやって生きてきた。

 そして綾は無意識に救いを求めた。
 唯一の「友達」である鳩羽に.......。


 好きで....好きで....好きで....たまらないのに、綾は残酷だった。
 二人きりのその部屋の中、綾が自分の気持ちなど全く気づかずに穐のことを話し始めるのが、まるで現実の世界ではないような気がしていた。

 「.....こんな話、誰にもできなくて....。でも苦しくて......聞いて欲しかったの......」


 -----やめてくれ------


 「私は、穐は絹のことで頭がいっぱいだと思ってたから、どんなことが起きても平気でいられた......」


 -----聞きたくない-----


 「なのに、あの子に.....穐と出会ってほんの数ヶ月しか経っていない子に穐をとられるなんて......」


 鳩羽の心の中の声は届くはずも無く、綾が堰をきったように言葉を継いでいく。




 ........「その時」がくるのがわかった......。

 綾の瞳からあの男への恋慕の涙が流れるのが.....。

 それと同時に、自分がもうまともではいられないことが......。

 ......ただ自分の中の激流が、決壊していくことだけがわかった。




 「絶対にいや!.....私はずっと穐を......穐を......」

 ......綾の言葉を最後まで言わせまいとするように、鳩羽は綾の肩を強く掴み、唇を塞いだ。


 「..........!!」

 綾は自分に何が起こったのかわからなかった。
 鳩羽の唇が自分の唇を捉え、強く舌を吸い上げられている。

 身動きできないほどの強い力で抱きしめられ、綾は懸命に逃れようとした。

 「は、鳩羽くん......」
 狼狽する綾に、鳩羽は小さく笑いながら言い放った。

 「ふ....お嬢様は、キスもはじめてらしいな」
 「..........」
 
 綾は混乱し、ただ黙りこくるしかなかった。
 同じクラス委員として同じ時間を共有し、友人として信頼を寄せていた鳩羽が突然豹変したのだ。
 そして鳩羽は、わざと自分を「お嬢様」と呼んだ。
 なぜこんなことになったのか......。

 考える間もなく、綾は鳩羽に畳の上に押し倒された。

 制服のブラウスが一気に引き裂かれていく。

 「..............い、いやあっ.....やめて....!」

 綾の哀願など意に介さず、鳩羽ははだけられた胸元から更にブラジャーに手をかけた。

 こぼれ落ちる乳房の豊かなふくらみに目を奪われつつ、鳩羽は瑞々しく上を向く乳首を噛んだ。

 「ああっ......」
 綾の口から絶望とも吐息ともつかない声が漏れる。

 ....まだ綾は自分の現状を認識できずにいた。
 次々に露わにされていく肌。
 強い力で押さえつけられながら、強引に愛撫を加えられ身体がふるえる。

 何もかもぶち壊してやりたかった。
 綾が愛するこの茶室を穢し、綾が愛するあの男の幻も消し去ってしまいたかった。
 綾への愛しさ以上に抑えきれない嵐が自分を襲った。もう止めることができない......。
 
 「やめて........。 こんなことして何になるっていうの?」
 息も絶え絶えに綾が叫ぶ。

 「.....少なくとも、俺の身体は満たされる....」
 「..................!!」
 
 鳩羽は自分が感情に任せて綾を奪っているにもかかわらず、どこか空虚で冷静であることも感じていた。


 「せっかく若狭の姫君を犯ってるのにもっとよがってくれなきゃ、つまらないぜ。」
 綾が傷つくようなことをわざと言う。

 今まで鳩羽は綾をお嬢様扱いしたことなどなく、ただの気の合う仲間として接してきた。
 そんな鳩羽だからこそ、綾は心を許したのだ。
 若狭家の一員であるという重圧を思い出させる言葉は、この場面ではあまりに残酷だった。
 それがわかっていてなお、鳩羽は言った。
 無性に綾を傷つけたかった。


 鳩羽は荒々しく二本の指を挿入した。
 「あ......いや..............穐..........」
 苦しげに無意識に、穐を想って呟く綾を、鳩羽は憎んだ。
 そして、気持ちとは裏腹に沁み出した綾の女蜜を指に絡ませ、鳩羽は意地悪く言い放つ。

 「心とカラダは別物らしいな.....。他の男にやられてもこれだけ濡れるんだから」
 「う............」
 涙を滲ませ、羞恥をこらえる姿を見て、憎しみの裏側に改めて綾を愛しいと思う気持ちが湧き上がってくる。

 ......本当は優しく抱きたいと思っていた。
 だが今の鳩羽にとってそれは叶わぬ夢で、ただ奪うことしかできない......。

 その思いを振り払うように、再び唇を押し当て、しつこいほどに舌をついばみ、唾液をすすり上げる。
 全く経験のない綾には惑乱以外のなにものでもなかった。


 限界が近かった。
 濃厚なキスや愛撫を重ねて抵抗する気力を失わせ、鳩羽はかすかに濡れそぼったその場所に自らの強張りを突き入れた。

 「ああっ....................!.....」
 引きつるように、哀しげに綾は叫んだ。
 隘路の中を、鳩羽の灼熱が徐々に埋め尽くしていく。

 幾筋もの涙が綾の頬を伝っていった。
 その雫を拭いてやることなどできはしない......。









 ........長い長い時間が過ぎたような気がした。

 鳩羽の中に肉体だけの空しい充足感だけが残った。





 二人は無言のまま、茶室を後にした。



 二人はもう、”ともだち”ではなかった........。






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