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「....諸人が欲する花、か......」
誰に言うともなく、鳩羽は呟いた。
寮の自室のベッドに横たわり、鳩羽は天井をぼんやり見つめていた。
正直、朱実の顔を見るのは苦痛だったが、幸い夕食の時間帯ということで、彼は食堂に行っているようだった。
一人きりの暗い部屋。
レースのカーテン越しに三日月が揺れている。
高嶺の花を手折ったからと言って、綾を「征服」したわけではない。
手に入れたのは身体だけだった。
心など入っていないただの入れもの......。
そんなことは自分がいちばんよくわかっていた。
だが自分はもう、綾の中に決して消えない楔を打ち込んでしまったのだ。
それだけは変えようのない事実だった。
鳩羽はまだ腕の中に残っている綾の感触を思い出していた。
滑らかな白い肌、服の上からは想像できないような豊かな乳房と腰、そして感じやすい秘め口....。
慮外にも鳩羽を受け入れざるを得なかった綾の漏らす苦しげな吐息が、今でも繰り返し自分の心の中に聞こえてくる。
そんな綾を抱いたことは、至上の喜びと慙愧の念が複雑に入り混じるものだった。
が、一方でこのまま綾を自分のものにしてしまえばいい、という悪魔の囁きも消すことができない。
鳩羽は目を閉じた。
いっそこの心が無くなってしまえばどんなに楽だろう....。
忘れることができたら、どんなにか....。
だが、砂漠の旅人がオアシスを欲するように、鳩羽は渇ききった自分が綾を求めずにはいられないことがわかっていた。
今はまだからっぽの身体でもいい....。
自分は綾の中身も外側の殻もまるごと全部を想っているのだから。
........どうしても綾でなければだめなのだから.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
互いに一睡もできなかった翌日-----。
鳩羽は遅刻もせずに教室にやってきた綾の姿に驚いた。
多少面やつれした感はあるものの、いつもと変わらず背を伸ばし、授業に臨んでいる。
後で思い出したことだが、今日は委員会のある日だった。
夏休み前の最後の会で、各クラス委員は出席厳守とされていた。
そんな理由もあって、責任感の強い綾は気持ちを奮い立たせて出てきたのだろう。
かける言葉も見つからないまま授業は終了し、鳩羽は足早に教室を出る綾の後姿を追った。
が、鳩羽は足を止めざるを得なかった。
遠目に穐が綾に話しかけているのが見える。
今日一日ずっと暗い顔をしていた綾の表情が、一瞬輝くのがわかった。
「綾、委員会か?....」
その声の後はよく聞こえない。
----強烈な嫉妬だった。
ただ二人が話しているだけで、二人が同じ空気を吸っているだけで、やるせない気持ちがこみ上げてくる。
そして再び悪魔が囁く。
報われないことがわかっていながら、まだ穐に想いを残し、救いを求めようとしている綾。
そんな不毛な状況を打ち壊してやれ、と......。
”もしもおまえに苦しみがもたらされるのなら、それを与えるのはあの男ではなく、俺自身だ......”
屈折した思い、傲慢な独占欲が瞬時に鳩羽を支配した。
そして、ポケットの中に偶然入っていたビデオテープ.....今日友人から借りたばかりのものが、鳩羽の中の邪気を呼び起こした....。
”もう後には戻らない.......!”
穐と言葉を交わしていた綾は、みるみるうちに表情を曇らせていった。
大方、最近付き合いだしたという女の話題でも出たのだろう。
自然に身体が前に出て行った。
心は既に鳩羽であって、鳩羽でなかった。
「若狭、委員会だぜ。早く行かないと遅れる」
「............!」
綾が一瞬怯えたような顔をする。
「ああ、すまん、引き止めて。じゃあ、綾、またな」
そう言って立ち去ろうとする穐に、綾は聞こえないほど小さい声で叫んだ。
「穐........!」
鳩羽は背後から綾の肩を掴んで囁いた。
「他の女のものになったヤツに助け求めてどーすんの? それより今日、放課後茶室に行くから誰も入れるなよ」
「......鳩羽くん......そんなのOKするわけない......」
予想された答を弱々しく言う綾に、鳩羽は冷たく言い放った。
「これ、なーんだ?」
皮肉げな笑みを浮かべながら、テープを綾の前にかざす。
「...........!!」
蒼白になる綾。
混乱している様子が手に取るようにわかる。
「これがある限り、おまえは俺から離れられやしない.......」
「っ....................!」
「おまえの身も心も..........全て、俺のものだ」
鳩羽はもう一度、静かに笑った。
それは綾の心に鎖をかける、第一歩だった........。
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