ほんの数日の間に、魔にとり憑かれたように鳩羽は綾を何度も抱いた。
 もの哀しく、その美しい顔を苦痛に歪める綾に一層切なさと愛おしさを覚え、わざと乱暴に綾の中に押し入ってしまう。
 
 鳩羽は、救いようのない想いを持て余していた。
 愛しているのに傷つけてしまう。
 気持ちだけが先走って、綾のことを思いやることができない....。

 あれほどに忍んだこの一年は何だったのか。
 今や大破してしまった船は行き場を失くしてしまっていた。
 
 だが綾の様子に徐々に変化が訪れていくのを、鳩羽は感じ始めていた。
 
 茶道部が休みの日や、部活動が始まる前の茶室で、鳩羽は綾と密会を重ねていた。
 その日綾は、いつものように羞恥に耐えながら、一枚一枚鳩羽に衣服を剥ぎ取られていった。
 まるでもう綾の全てを知り尽くしたかのように、鳩羽は綾の敏感な箇所に隈なく愛撫を加えていく。
 
 「はぁ.....ああ........」
 呼吸が乱れ、頬が紅潮する。
 綾は少し前から自分の中に快楽の萌芽が芽生えていくのを感じていた。
 はしたなくも、身体の一部が溢れ、潤っていくのがわかる。
 それは穢れなく生きてこようとした自分を根底から覆す衝撃でもあった。

 すかさず鳩羽は囁いた。
 「だいぶ......慣れてきた?」

 「えっ...........」
 綾は動揺した。
 
 「声、苦しいだけじゃなくなってる....」

 「..........!」
 あまりの恥ずかしさに、綾の胸は潰れそうになる。
 何も言えず、ただ身体だけが上気していく......。

 鳩羽は乳房を弄る手を止めずに続けた。
 「おまえがこんなに感じやすい女だなんて........知っているのは俺だけだな....」

 含み笑いをしながら言い捨て、鳩羽は充分に濡れそぼった秘淵に昂ぶりを押し当てた。

 「ああぁっ.......」
 言葉と身体の両方で責められ、綾は身悶えた。
 抑えきれずに、更に声を上げそうになった瞬間、綾に冷水が浴びせられた。

 襖をノックする音。
 後輩の声。

 「綾先輩、いるんですか?」
 「........!」
 繋がったまま、綾は慌てて身をよじった。

 「......ま、待って.....。襖を開けないで」
 「......?」
 後輩が訝しがる様子が、襖越しにもわかる。

 「今....着物から....着替えてるから」
 焦り、言葉を詰まらせながら、綾は後輩を遠ざけようと必死に言った。
 
 対照的に鳩羽の心は泰然としていた。
 誰に知られようと構わない......そう思っていた。

 一応納得したのか、後輩が答える。
 「わかりました。今日の花、ここに置いておきます。先輩のイメージで決めましたから」

 「あ、ありがとう......」
 後輩がその場を離れるのを待ち、綾はようやく一心地ついた。

 「いいのか? 助けを呼ばなくても」
 鳩羽が薄く笑いながら尋ねる。

 「そ、それは......」
 何故なのか綾は、誰かにこの場から自分を”救い出して欲しい”とは思わなかった。
 本来憎むべきはずの鳩羽を、拒むことのできない自分が不思議だった......。

 「まあいい、そろそろ人が来るな」
 「..............」

 「すぐに済ませてやるよ」
 そう言って鳩羽は、綾の顎を指先で持ち上げた。
 唇を奪い舌を絡ませながら畳の上に押し倒す。
 じっとりと、再び綾の炎を灯し、激しく貫いていく。

 「うぅ......ん。..........ああっ......」
 ひとたび途絶えたはずの快感が、また徐々にせり上がってくる。
 
 口からは冷たい言葉しか出てこないのに、鳩羽の表情はどこか苦しそうで悲しげだった。
 綾は鳩羽を完全に突き放せない自分を感じていた。
 ....こんな関係になるまでは、かけがえのない「友達」でもあったのだから。

 「う..........」
 幾度も身体を打ち付けてくる鳩羽のこめかみに汗が滴る。
 綾は目を閉じた。

 「あぁ......もう..........」
 繋がっている部分が強烈に震える。
 綾は波に攫われていく自分を必死につなぎ止めようと、鳩羽のシャツの袖を掴んだ。

 鳩羽には、綾の身体が心とは裏腹に反応してしまっているのがわかっていた。
 望まない交わりにもかかわらず蕩かされていく自分自身に、綾が深く自己嫌悪を抱いていることも.....。

 わかっていてなお、綾を抱いていたいという欲望を止めることは、今の鳩羽にはできなかった。



 綾の絶頂を感じ、すべてが終わっても、鳩羽は何事もなかったように身支度を整えた。
 襖を開け、茶道部の後輩が置いていった花束に目をやる。
 
 「真紅の薔薇......か」
 鳩羽はシニカルに呟いた。

 「笑わせる。どうしてこれがおまえのイメージになるんだ。........もっと野に咲く小さな花でいいのになぁ?」
 「えっ........?」

 綾は驚いて鳩羽の背中を見つめた。

 「......じゃあ、『また』な」
 振り返りもせずに、鳩羽はその場を立ち去った。


 綾は突然、鳩羽に自分の本質を言い当てられたようで、戸惑いを隠せなかった。

 若狭家の一員として、絹や穐とともに学園の華、大輪の薔薇と称えられる重圧。

 ”本当の自分は、決してそんな大それた人間ではないのに......。”
 そう思いながらも、高貴に胸を張って生きることが義務付けられていた。

 ”どうしてそんなことを........”
 鳩羽が何気なく漏らした一言が、綾の心に深く刻まれていく。
 
 信頼を裏切られたという思いと、拒めない自分。そして綾の奥底を見通すかのような言葉と視線....。
 
 ---綾の心は揺れて、ただ漂うことしかできなかった。





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 ここ最近の鳩羽の変化を、朱実は密かに案じていた。

 ....はじめは夕食も食べずに、暗い部屋でベッドに横たわっていた日だった。
 ヘビースモーカーの鳩羽が一本のタバコも口にせずに、ただ黙って目を閉じている。

 何かがあったのだということだけはわかった。
 だがそれを聞くのは躊躇われた。
 鳩羽の表情は虚ろだった。

 「おやすみ」と言い合い、消灯したその晩、鳩羽が寝んだ様子はなかった。

 話してくれないことが歯痒かった。

 けれども、朱実は鳩羽が自分の口から伝えてくれるのを待つことにした。
 人には決して踏み込んで欲しくない領域があることがわかっていたから。

 翌日からは、一見普段どおりの鳩羽に戻っているかのようだった。
 しかし、朱実には鳩羽のバランスが危うく狂っているような気がしてならなかった。
 
 待つしかない.....だが、打ち明けてくれたら、懸命にできる限り手助けしてやりたい。
 そう思いながら、朱実は静かに鳩羽の行く末を見守ろうとしていた。







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