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「ようこそおいでくださいました」
この旅館の女将らしい女性が、二人を出迎えた。
まだ若々しく、30代の前半ほどに見える。
千三百年の歴史を持つという温泉地の中でも評判の高い旅館らしく、従業員たちも気持ちのいいほどに整列し、和やかな笑みを湛えている。
「鳩羽様と若狭様ですね。どうぞこちらへ」
二人はフロントの前を過ぎ、部屋に向かって案内された。
それほど広い建物ではない。
だが客室は一般の温泉旅館に比べゆとりある造りになっており、また一部の特別室には海を臨む独立した露天風呂が備わっていた。
高校生にはいささか贅沢ではあるものの、綾の喜ぶ顔が見たい一心で鳩羽は今回の旅行にこの特別室を選んだのだった。
部屋に向かう途中で、鳩羽は何気なく言った。
「すみませんが、彼女が少し気分がすぐれないようなので、先に布団を敷いてもらえませんか?」
「........!」
綾は驚いて鳩羽の方を見た。
女将は心配そうに、
「まあ、それは大変ですわ。確かにお顔の色が少し紅いようですね....。お熱はいかがですか?」
「....あ....はい。大丈夫です」
綾は俯きながら答えた。
まだ先ほどの余韻が体に残っていたのだ。
そして、それが顔に表れていたとは....。
----宿に着いたらすぐにおまえを抱く----そう言った鳩羽は言葉通り、すぐにでも綾を抱きしめるに違いない。
そう思うと、綾の鼓動は自然と早くなっていった。
もう何度も抱かれているのに、なぜだか今日はいつもと違う。
学院を離れてはじめて二人きりになった故だろうか。
緊張とときめきが混じりあったような不思議な気分だった。
「こちらでございます」
開け放たれた窓の外には、真っ青な海が広がっていた。
学院の周囲は深い森で覆われているから、こんなに鮮やかな海を見たのは久しぶりだった。
温泉郷随一の眺望と謳われるにふさわしく、静かに凪いだ海辺の向こうには、まだ雪の残った美しい連峰が見え、心を奪われる。
「わ....あ....」
綾の目が輝く。
鳩羽も「へえ....」と息を呑む。
女将はそれを満足そうに見守っていたが、綾の浴衣の準備をし、係の者に早速布団を敷くよう手配すると言い残して、その場を立ち去った。
すぐに男性従業員がやってきて、手早く作業を終えて行く。
ふたりきりになった途端、鳩羽は綾に浴衣になるように促した。
部屋は二間になっており、つづきの間で浴衣に着替えた綾は、おずおずと襖を開けた。
シャツのボタンを外し、リラックスした格好になっていた鳩羽は立ち上がり、いきなり綾を横抱きにした。
「俺、こういうのやってみたかったんだよ。”お姫様抱っこ”ってやつ」
「やだ....びっくりした....」
軽口を叩き、お互い笑いあいながら、鳩羽は綾をふわりと布団の上に下ろした。
「結構遠かったけど....来てよかったな」
「ええ....ありがとう」
こんなに穏やかに寛いだ鳩羽の表情を、綾ははじめて見たような気がした。
じゃれ合い、抱きしめあいながら、いつしか二人は布団の上に倒れ込んでいった。
「綾........」
急に真剣な表情になった鳩羽の眼差しが、綾の胸を射抜く。
もうずっと....行きの列車の中から溢れ出しそうになっていたものが、堰をきっていった。
口づける....。
まるで儀式のように、鳩羽は綾を抱くときにまず唇を愛することを忘れなかった。
舌を絡ませ、腕を掴み、黒髪を梳く。
重ね合わせた舌と唇で二人は蕩けはじめた。
「あぁ......」
乱暴に浴衣の前を開き、薄桃色に染まった乳房を上下に揉みしだく。
「んっ、ぅうん....」
肌を滑っていく鳩羽の熱い指先の感触に、綾は快いふるえとともに、心がじんわりと満たされていくのを感じていた。
細く柔らかい綾の身体をなぞりながら、鳩羽もまた、深い愛情を伴った欲望が湧き上がっていくのを実感した。
「綾....欲しい....おまえの心も身体も....」
まだ明るい部屋の中で、浴衣の前をすべてはだけられ、綾はほとんど全裸に近い状態になった。
普段学院内では、二人の情交は茶室で行われることが多かった。
性急に、荒々しく、欲望の赴くままに綾を奪うばかりの鳩羽だったが、今日はただそれだけではなく、綾を優しく愛おしみ、静かに熱い情熱を燃やしているかのようだった。
「あぁ、恥ずかしい.....」
隅々まで全身を愛撫され、綾は呟いた。
列車の中で鳩羽に触れられたときから、ずっと言いたくて言えなかった言葉....。
恥じらいが情欲を押し止め、けれどもつい漏れ出てしまう吐息。
「私も....欲しい。もっと....して欲しいの....」
シャツの端を握り締め、切れ切れに声をふるわせる綾の腕を強く掴みながら、鳩羽は頂点に達した高まりを愛する女のなかに突き入れた。
「ん....あぁっ.....ふ......」
綾の中にうねりが押し寄せてきた。
激しくて溺れてしまいそうな、大きな波。
叩きつけるように身体をぶつけ、綾を悦びにさらっていく。
今本当に自分は、鳩羽のまるごと全てで愛されているのだと感じながら、綾は次々に高みに押し上げられていった。
二人の旅はまだ始まったばかりだった。
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