第一章   茶室



 「えっと、巴将吾くんと、上村彰宏くんね」
 入学式から数日が経ち、部活動が始まった。
 綾が部長を務める茶道部では、お茶会始めが催されていた。

 「二人とも入学式の日に早速入部届を出してくれたみたいで、嬉しいわ」
 にっこりと微笑む綾を見て、巴の胸は高鳴っていた。
 ・・・・近くで見るとますます綺麗だな・・・・
 茶道のさの字も知らないのに、綾目当てで茶道部に入部した巴は浮き浮きとしていた。
 一方、半ば引きずられるように一緒に入部させられた上村は、複雑な心境だったが、生来の優しさからか、心のうちを顔には出さずにいた.....。

 「今日は初めてだから、そちらに正座して皆の様子を見学していてね」
 部活動初日ということで、着物姿にきりっと結い上げた髪でお茶を点てる綾に、皆が見惚れていた。
 香りの高い抹茶を入れ、湯を注ぐ。茶筅をさらさらと動かした後、綾はまず龝に椀を差し出した。
 「どうぞ」
 素人目にもその所作が一分の隙もない鮮やかなものだとわかる。
 龝は椀を回して香りや色あいを嗜んだ後、美味しそうに茶を飲み干した。
 「・・・・結構なお手前でした」
 そして順番に綾の手から部員たちへと椀が渡されていく。
 
 巴は慣れない正座に苦しみながら、上村にそっと耳打ちした。
 「あの長髪の男が総代の相棒か?」
 「ああ、そうだよ」
 若狭龝・・・・。宝条学院のカリスマ・総代の英絹の影。そして綾の従兄弟・・・・。
 上村から予備知識として聞いていたのはその程度だったが、改めて目にしてみると、ただ大柄だからというだけでなく、威厳があって何か太刀打ちできない雰囲気がある。
 面差しも少し綾に似ていて、男らしい顔立ちだが、かなりの美形だった。
 影がこれだけの男だから、総代ってのもすごい奴なんだろうな・・・・。入学式のときは綾先輩のことで頭がいっぱいだったから挨拶もろくに聞いちゃいなかったけど・・・・。
 そんなことを思いながら、巴は見よう見まねで茶碗を受け取った。
 
 お茶会も終わり、正座ですっかり足が痺れて立てずにいた巴は、ショートカットの童顔の女生徒と綾が言葉を交わしているのを見た。
 部員たちは殆ど引き上げているので、自然と会話が耳に入ってしまう。龝も既に茶室から退出していた。
 「緑青さん、今日は初日だったから私が淹れたけど、次からはまた龝のお茶はあなたにお願いね」
 「は、はい、綾先輩。いいんでしょうか、私なんかで....」
 「なに言ってるの。この一年でだいぶ上達したわよ。それにあなた以外に誰が龝のお茶を点てるのよ?」
 綾は優しい表情を桃に向けながら、諭すように言う。
 それを一緒に聞いていた上村が呟いた。
 「やっぱりあのちっこい先輩が、若狭さんの彼女なのか」
 「え?」
 「いや、これも聞いた話だけど、若狭さんと綾先輩は付き合ってるって噂だったのに、いつの間にかあの緑青さんって人が若狭さんの彼女になってたって」
 「それ、どーゆーことだよ。綾先輩がふられたってことか?」
 「俺がそこまで知ってるわけないだろ。でも、もうだいぶ前の話らしいよ」
 ・・・・あの綾先輩をふるなんて、ばかな男だ。どうみてもあのちっこい先輩より綾先輩の方がいい女だぜ・・・・
 「なあ、だったら綾先輩ってフリーなのかなあ」
 「知るか。自分で聞けよ」
 いつもはおっとりしていて、穏やかに受け答えをする上村が急に激したので、巴は驚いた。
 「どうしたんだよ。怒ったみたいに」
 「・・・・別に。お前が女にのめりこんでうじうじしてるからだよ」

 ----確かに巴は、いつもの自分らしくなく、綾に突き進んでいけない自分に気付いていた。
 「高嶺の花」そんな言葉がぴったりな綾。
 茶道部部長として、あでやかに部を切り盛りし、恋敵にも優しく接するたおやかな女性。
 果たして思い人がいるのだろうか・・・・不安でたまらない。
 猪突猛進タイプと自負していた自分がこんなに弱気になっているのが、情けなかった。

 
 「巴くんと上村くん、今日はお疲れさま。正座、大変だったみたいね」
 綾がこちらに向かってくる。
 「あ、はいっ....」
 慌てて起き上がろうとした巴だったが、バランスを崩して倒れてしまった。
 「大丈夫!?」
 綾が巴の肩に触れ、心配そうに覗き込む。
 間近で綾の顔を見た巴の心臓は、もう爆発寸前だった。
 赤くなった顔を見られるのが恥ずかしく、巴は下を向いて言った。
 「悪ィ、上村、肩貸してくれ」
 小さい頃から正座に慣れている上村はすっと立ち上がり、黙って巴に肩を差し出した。
 「足、どうかした?」
 「あ、大丈夫っす。しびれが取れたら歩けるんで」
 「そう....? 帰り気をつけて。あと、次の部活は明後日だけど、無理しないでね」

 ・・・・俺、正座もまともにできなくて、かっこ悪いとこ見せちゃったな・・・・。
 軽く会釈をした後、綾の声を背に、巴は落ち込みながら上村とともに茶室を出た。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 誰もいなくなった茶室で、綾は細かい後片付けをしていた。
 今日は鳩羽と図書室で待ち合わせをしている。
 約束の時間が迫っていた。
 急いで着替えなくては....。
 そう思いながら、鏡の前で結い上げた髪の毛を下ろそうとしていると、
 「そのままにしてろよ、綾」
 背後から鳩羽の声が聞こえた。
 「鳩羽くん、どうしたの!?」
 「お前の着物姿が見たくて、早めに迎えに来た」
 そう言って、鳩羽は襖を閉めた。
 綾の胸がズキンと鳴る。
 「今日は図書室で....」
 そう言いかけたときには、既に綾は鳩羽に唇を奪われていた。
 「んっ....ん」
 
 鳩羽が現れたときから予感はしていた。
 着物姿のまま抱かれることを....。
 
 唇を離すと、熱い息の下で鳩羽が囁く。
 「髪をアップにするだけで、ずいぶん印象が変わるな」
 激しいキスのせいで後れ毛が数本はらはらと落ちる。
 うなじに唇を這わせ、時折耳たぶを噛むと、綾が甘く呻いた。
 「でもやっぱりこっちの方がいい」
 鳩羽が髪留めを外すと、綾の豊かな黒髪が広がった。
 指の隙間に髪をからめて、何度も何度も往復させながら、口づけをする。
 徐々に綾の身体の力が抜けていった。

 そして鳩羽は、綾の胸元に手を差し入れた。
 「着物の中には下着をつけないってほんとなんだな」
 にやっと笑って、乳房を捉えようとするが、指がなかなか進まない。
 「きついな、帯ゆるめるぞ」
 綾の体を抱きかかえながら、背後の帯を不器用な手つきで解こうとする。
 綾は興奮に火照った赤い頬をしながらも、くすっと笑った。
 「何だよ」
 「さすがの鳩羽くんも着物は手強いのかなぁと思って」
 まるで言い負かされた子供のように鳩羽はムスっとした。
 「うるせーな。無理やり外すぞ」
 そう言って、今までは比較的優しかった手つきが急に乱暴になる。
 ぐいぐい帯を引っ張り、力任せに、片方の手で着物の内側の乳房を探し当てようとした。
 「あっ、イタ....」
 腰回りは帯が解けない状態で、乳首を弾かれる快感だけが敏感に反応する。
 「あ....んっ....」
 だんだん肩がはだけてきて、着物の合わせ目も大きく開きはじめた。
 それでも帯だけは外れない。
 ようやく顕わになった乳房を揉みしだき、乳首を吸い上げる。
 鳩羽は丹念に乳首への愛撫を繰り返した。綾の最も弱いところの一つだった。

 「あっ....はぁ...ん」
 裸同然に着物が乱れているのに裸ではない。
 一部が隠されていて、いちばん恥ずかしいところは白日のものにさらけ出されている・・・・そんな自分の姿をどう見られているのか・・・・そう思うと、羞恥に一層拍車がかかる。
 乳首への攻撃を緩めたと思ったら、今度は下半身の合わせ目から、鳩羽の唇が綾の翳りを捉えた。
 もうそこには泉のように愛蜜が溢れていた。

 綾のそこは、以前よりもずっと感じやすくなっている。
 鳩羽に口付けられるだけで....触れられるだけで....身体の芯が疼き、溶けていく。
 
 「飲みきれないくらい、いっぱい出してる」
 鳩羽は綾の中心に顔をうずめ、敏感な芽を舌先で尖らせる。
 そして、綾に聞こえるようにいやらしい音を立てながら愛液をすすり上げた。

 「あ....あぁ....もう....」
 「....もう、何だよ」
 やっとの思いで、綾は絞り出すような声を出した。
 「欲しい....」

 「....何が欲しいのか、ちゃんと言えよ」
 殊更に羞恥を煽るような言葉で、鳩羽は綾を責め続けた。
 舌と指の攻撃に負けまいとしながらも、鳩羽を求める心が綾の理性を狂わせる。
 「あなたの....が欲しい」
 涙がにじんできた。
 もう欲望をとめることができない。
 いつも受け身だった自分が淫らに相手を欲した....。
 堕ちてしまった自分を悲しいと思う心と、愛しいと思う心が交錯する。
 
 鳩羽はふっと笑った。
 「このくらいで許してやるよ。俺にまたがって」
 乱れた着物の裾を開き、そそり立つ凶器に腰を沈める。
 綾はすぐに達した。
 けれども鳩羽は綾が動きを止めるのを許さない。
 「腰....使えよ」
 座ったままで向かい合っている綾の乳首を軽く噛んでは舐め、欲情を呼び覚ます。
 その刺激で、いつしか綾は自然に腰を動かしていた。
 「う....あん、んんっ....」
 鳩羽は再び、指に絡ませた綾の髪の毛を何度も握りしめた。
 二度目の絶頂は近かった。
 綾は、つながったところから大きなうねりのような快感が突き上げてくるのを感じた。
 そして鳩羽も、断末魔の呻きとともに、綾のなかに欲望を解き放とうとしていた。
 
 
 
 ふたりが無心に互いを貪っている間、襖の外では冷ややかに立ちつくす一人の男がいた。
 上村だった。





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