第二章   巴の独白



 下駄箱を開けた途端、かたんと音がして、何枚かの封筒が滑り落ちた。
 どうやら手紙らしい。パステルカラーのものやキャラクターの模様が入っているものだから、明らかに女の子からだろう。
 少し離れたところで上村も自分の下駄箱から落ちた封筒を拾っていた。
 「こんな金持ち学校でも、下駄箱にラブレターなんて古典的な手使うんだな」
 俺が声をかけると、上村は「ああ」とさして興味もなさそうに手紙をズボンのポケットに突っ込んだ。
 あとで寮の部屋のゴミ箱にでも捨てるのだろう。
 中学の時からそうだった。
 誰から見ても品のいいクールな美少年の上村と、ガタイのでかいサッカー一筋の俺だったが、アンバランスな二人がつるんでいるせいか何となく目立って、それなりにモテていた。
 上村はクラスの男どもからは反感を買っていたが、女には相当人気があって、しょっちゅう告白されたり、プレゼントやラブレターの類をもらっていたようだ。
 例え嫌いな女からもらったものでも、その場でゴミ箱に捨てたりせず、一応は見つからないように配慮して処分していたようで、そういう優しいところもあるわりに、なぜか浮いた噂は殆ど聞かなかった。
 親友の俺にも意中の彼女を明かすことなく、中学3年間が過ぎていった。
 「おい、これ見てみろよ」
 俺は自分宛に来た手紙を試しに一通開いてみて、あまりのバカバカしさにのけぞってしまった。
 「・・・・巴くんのことを好きになりました。でもいつも一緒にいる上村くんのことが気になります。二人の仲が良過ぎるみたいで、悩んでいます・・・・深い仲だったらどうしよう・・・・でも他の女の子といちゃいちゃされるよりはいいかな・・・・だと。なんかこの子勘違いしてねーか。気持ちわりいこと書くなよ。なあ」
 「・・・・ああ、そうだな」
 上村は俺が差し出した手紙も見ずに、更に素っ気無く言い放った。
 「そんなことより、巴、やっぱり今日は部活出るのか?」
 「当たり前だろ」

 茶道部の活動は週二回しかない。
 おととい、俺は正座で足が痺れてふらついたあげく、転んで捻挫するという醜態を綾先輩の前で晒してしまった。
 上村に肩を借りて部屋まで戻り、校医に診てもらった結果、しばらくは足を引きずることになるらしい。
 ギブスのようなものを装着してもらい、びっこを引きながら歩く生活が始まった。

 だがしかし、どうしても綾先輩の顔が見たい。
 「ほんとに大丈夫か?」
 心配そうに背後から俺に声をかける上村。
 幸い寮の部屋も同室なので、何かと世話を焼いてくれる。
 「サンキューな。ここのサッカー部はあんまり熱心じゃないみたいだし、綾先輩に辿り着くためにもちょっと茶道部でまじめにやってみようと思ってさ」
 「・・・・巴、お前、綾先輩のこと本気なのか?」
 「え?」
 「綾先輩はやめとけ。今までお前が付き合ってきた女とは違う」
 「どういう意味だよ」
 一応俺も何人かの女とは付き合ったし、2〜3人とは最後までいったこともある。
 だから何となく上村の言い方が気に触った。
 「俺と綾先輩じゃつりあわないってことか」
 「違う、そういうことじゃない」
 「じゃあ、どういうことだよ」
 上村は少し考え込んで言った。
 「綾先輩には付き合ってる男がいるらしい」
 「・・・・っ!」
 予想はしていたことだが、いざそんな話を聞かされると結構辛い。
 「でも、どの程度の付き合いかなんてわからないだろ。あんなに純情そうな人なんだから」
 ちょっと無理をして俺は言った。
 心の片隅で、もしかして入学式のとき綾先輩の横にいた男がそうなのだろうかと思いながら。
 「例え今彼氏がいたって、絶対に俺のほうを振り向かせるように頑張るさ。これからは綾先輩に正面から向かっていくからな」
 「・・・・」
 黙っている上村に向かって、俺は宣言した。
 「障害のある恋の方が燃えるってーの!!」

 ◆◆◆◆◆◆◆◆


 簡易ギプスをはめた足を引きずりながら、俺たちは茶室に向かった。
 部員たちはもう殆ど集まっていた。
 俺たちと同じ新入生も数人入部しているようだ。
 だが、俺のような全くの初心者はいない。みんな名家の出の奴らばっかりだから当然か。
 「巴くん、来れたのね。足、大丈夫?」
 綾先輩が俺の姿を見て、声をかけてくれた。
 たった一回部活に顔を出しただけなのに、俺の名前も怪我のことも覚えててくれて、なんだかすごく嬉しかった。
 今日は前回のように髪を結い上げた着物姿ではないが、今時では珍しい黒々とした長い髪に制服姿もよく似合っている。
 「足、調子悪そうだから、今日は皆がやっている作法を見ていてね」
 そう言って、綾先輩は俺のために椅子を用意してくれた後、部員たちの輪の中に戻っていった。
 床の間の掛け軸や花器のバランスを確認する。
 お湯や抹茶、茶碗や菓子の用意をきびきびとこなし、準備が終わると部員たちが順番に襖を開けて、そろそろと歩を進めた。
 どうやら歩くことすら手順があるようだ。
 「上村、お前もコレできるんだよな」
 「まあ、小さい頃から多少はやらされてたからな。でもきらいじゃないよ。こういう雰囲気は」
 こそこそ話しながら、俺は考えた。とにかく綾先輩に正攻法でいくことを。

 部活が終わったあと、俺は綾先輩に直訴した。(大げさだが)
 「綾先輩、俺ほんとに茶道って初めての経験で、皆が何やってるんだかちんぷんかんぷんなんです」
 「・・・・実は私もちょっと気にはなっていたの。もう少し練習しないと巴くんもお茶を楽しめないわよね」
 ここぞとばかりに俺は言った。
 「あの、すっげー図々しいお願いなんですけど、もし時間あったら個人レッスンしてもらえませんか。部活週二回しかないし」
 「そうよね・・・・。わかった。じゃあ日程はまた相談するとして、一緒に練習しましょう。あっ、上村くんも一緒の方がいいかしら」
 「えっ、いや」
 俺はマンツーマンの方が....と言いかけたが、言えなかった。
 下心を見透かされるのもまずいし、いざとなれば上村には気を利かせてもらってもいい....。
 ともかく綾先輩は俺の申し出を快く引き受けてくれた。
 今は別に下心剥き出しにする気はないけど、一緒にいられる時間を増やしたい。
 その時間だけはあの男ではなく、俺が綾先輩を独り占めにしてやる....!




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