第三章  茶室  



 「個人レッスン?」
 綾の予想通り、鳩羽は不快感を顕わにして言った。
 放課後の茶室。
 部活の無い日はいつものように二人はこの場所で会っていたが、綾はお茶を淹れながら話を切り出した。
 「あっ、でももちろん二人っきりじゃないのよ。一緒に入部した上村くんっていう男の子も入れて三人で練習するの」
 しかし、鳩羽は面白くなさそうに続けた。
 「どうせ、お前目当てで下心がいっぱいのお坊ちゃんたちだろ。全く入学したばっかりでよくそんなこと考えつくよ」
 「そんなことないわよ。入学式の日にすぐ入部届を出してくれて、すごく真面目そうな子たちなのよ」
 綾は一生懸命弁明した。
 巴の申し出にOKは出したものの、鳩羽に話を通しておかないと、後でややこしいことになる。
 そう思って早速話をしようとしたが、やはりすんなりとはいかないようだ。
 「お前の人のよさにつけこむなんて、ろくなガキじゃねえな。・・・・でもまあ、好きにしろよ。俺も少し忙しくなるから・・・・」
 「えっ?」
 もっと反対されるかと覚悟していた綾は、少し拍子抜けした。
 「・・・・何だよ。俺が強引にひき止めないから物足りない?」
 「そんなことないけど・・・・でも忙しくなるって、どうして?」
 鳩羽はふっと笑った。
 「まあ、そのうち話すよ。それよりも、そいつに襲われないよう、せいぜい気をつけろよ」
 「もう、そんなんじゃないってば」
 そう言いながらも綾の頭の片隅に、昨冬の生徒会長との一件がよぎった。
 病欠の副会長の代理にと請われて役員を引き受けたものの、生徒会の仕事で夜遅くまで残っていた綾は、当時の生徒会長・常盤に襲われかけたのだ。学院内の人望・勢力を掌握する絹を忌々しく思う常盤は、絹を支える若狭家の人間で、女である綾を与し易いと侮り、自分の側に取り込もうとしての行動だった。
 あのとき、鳩羽が駆けつけて止めてくれなければどうなっていたかわからなかった....。
 しかし、まだ入学したばかりの巴や上村が何か意図を持って自分をどうこうしようなどと、あり得ない話だと綾は思った。
 それよりも、熱心にお茶を習おうとする真面目な新入生.....そう考えた方が断然しっくりくる。
 
 そんなことをあれこれ考える綾の顔を見つめ、鳩羽は軽く口づけをした。
 唇を離した綾は、鳩羽を制した。
 「ダメ....」
 「しばらくここで会えなくなるんだろ、その個人レッスンとやらで」
 「そんな、毎日ってわけじゃないし、教室でだって....」
 「じゃあ、教室でお前のこと抱いていいのかよ」
 半分からかうような言い方をする鳩羽に、綾は拗ねたように俯いて言った。
 「でも、今日はだめ....できない....から」
 その言葉だけですぐに鳩羽は理解した。しかし、わざと
 「俺はそれでも構わないけど」
 と意地悪なことを言う。
 「だから....できないって....」
 そう言いかけた綾に向かって鳩羽は
 「じゃあ、口でして」
 と、こともなげに言い放った。
 「え......」
 春休みの旅行以来、より一層情事に濃密さが加わってきた二人だったが、今だに恥じらいの気持ちを捨てきれない綾は、めったに唇での愛撫を行えなかった。
 そうすれば、鳩羽が悦ぶのはわかっているのだが、どうしても恥ずかしさが先にたってしまう。
 鳩羽は鳩羽で、そんな綾の羞恥心に、逆に被虐欲を掻きたてられ、淫らな行為を求めたくなるのだった。

 鳩羽は拒む綾のブラウスのボタンを外し、ブラジャーの上から乳首の辺りを舐めた。
 いつもなら直接触れるその舌が布一枚越しに蠢くのがもどかしく、抵抗する力が失われていく。
 綾の反応に気をよくした鳩羽は、そのまま下着の上からの愛撫を続けた。
 「あ.....あ....」
 いつまでも綾を翻弄する鳩羽の舌が焦れったく、思わず声を上げてしまう。
 本当は貫かれたかった。しかし、絶対に今はそれはできない。
 
 「お前の欲しいもの、舐めて」
 興奮にかすれた...そして、綾の心の中を見透かしたかのように囁く鳩羽の声に抗うことはできなかった.....。



 ・・・・鳩羽が解き放った欲望を飲み下した綾は、またひとつ自分が深みにおちていくような気がした。
 自分勝手で強引で、綾の何もかもを奪っていく男。
 それは決して抜け出ることのできない甘美な背徳感だった......。 




 ◆◆◆◆◆◆◆◆


 数日経った放課後から、巴と上村との個人レッスンがはじまった。
 レッスンとは言え、上村の方は子供の頃に一通りの型は習得しているので、おさらい程度に教えれば何とかなりそうなレベルだった。
 問題は巴の方で、今は捻挫で足を怪我している上、全くの初心者である。
 自然と巴に向けて割く時間が多くなっていった。

 「じゃあ、まずは茶席までの入り方ね」
 そう言って綾は襖を開け、自分の茶席に進むまでの足捌きなどを説明した。
 茶道の最初の基礎的な部分で、今までこんな雅やかなことには無縁の巴には退屈かつ苦行ともいえる内容だった。
 しかし、上村の方は徐々に思い出し始めたのか、そつなくこなしている。
 「うん、上村くんオーケーよ。巴くんは今は足が動かせられないから、型だけ覚えるようにしてね」
 いつしか巴は、てきぱきと自分たちを優しく指導していく綾の姿に見惚れていた。
 
 「どうしたの、ボーっとして。 疲れちゃった?」
 声をかける綾に、巴は我に返った。
 「あ、すみません、大丈夫です」
 綾は茶道部部長のほかにも生徒会役員の仕事なども抱えていて、何かと忙しい身だ。
 それなのに快く自分の突然の申し出を承諾してくれた。もっと真剣に練習しなくては、と反省する。
 「お茶をはじめて間もない人には、結構こういう型の練習って苦痛なのよね。私も子供の頃そうだったのよ」
 綾は気さくに二人に向かって話し掛けた。
 「じゃあ、ちょっと休憩してお茶菓子でもつまみましょうか」
 そう言って、普通の急須に湯を注ぎ、湯飲みにお茶を淹れる。
 綾が見立てたらしい、小ぶりだが美味そうな菓子が差し出された。
 「これはリラックスして、食べてね。足も伸ばしてもいいわよ」
 言葉どおり、巴は遠慮なくズズズっと音を立てて茶を飲み、菓子を頬張った。
 「このお茶、うまい。うちで飲むのと全然違いますよ。菓子も、甘くないのに蕩けるみたいな感じで、いけますね」
 手放しで喜ぶ巴たちの姿を見て、綾は嬉しそうに微笑んだ。
 「今はまだ、茶道って堅苦しいだけのもののように思えるかもしれないけど、慣れてくるとその形ひとつひとつが無駄なものでなく、お茶を美味しく味わうのに適した所作なんだなぁってわかってくると思うの。心がだんだん落ち着いて澄んでくるって言うか....」
 そんな風に綾の茶道を愛する言葉を聞いていた巴は、改めて綾を綺麗だと思った。
 入学式の日、綾の外見の美しさに一目惚れして、勢いで入った茶道部だったが、中味も素敵な人なのだと実感し、惚れ直すような気持ちになる。
 
 上村の存在も忘れ、そんな想いに浸っていた巴だったが、突然一人の男がノックもなしに襖を開け、入ってきた。
 鳩羽だった。
 「鳩羽くん、どうしたの?」
 あのときの男だ。
 巴は入学式の日に綾の傍にいた鳩羽の姿を思い出していた。
 「急にうまいお茶が飲みたくなったんだ。綾、俺にも淹れてくれよ」
 「・・・・ええ、それは構わないけど」
 -------あや-------
 さり気なく綾を呼び捨てにするその言葉を、巴は聞き逃さなかった。
 ズキンと胸が痛む。
 「あ、こちらが後輩の巴くんと上村くんよ」
 「ああ」
 二人のほうには目もくれない鳩羽だったが、一応巴も上村も軽く会釈をした。
 
 何となく気まずい雰囲気が流れたが、綾の淹れたお茶を飲み干した鳩羽は、早々に
 「うまかったぜ。じゃあ、また明日な」
 と言って、茶室を後にした。
 個人レッスンの話をしたときはあっさり聞き入れた鳩羽だったが、やっぱり気になって見にきたのかと思うと、綾はハラハラする反面、嬉しいようなくすぐったいような不思議な気持ちになった。

 一方、巴の胸中は複雑だった。
 突然現れたあのときの男....。
 綾を呼び捨てにする横柄な態度。
 この男が綾の恋人なのだろうか....。
 綾との楽しかった時間に冷水を浴びせられたような気分になる。
 俺が綾先輩を好きだと気付いて、俺のことを牽制するために様子を見にきたのか....。
 鳩羽って言うのか、どんなやつなんだろう。一体。

 巴は悔しい気持ちを抑えながら、鳩羽について調べてみる必要があると思い始めていた。




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