第四章  茶室  



 考えあぐねた結果、巴は上村の親戚だという三年生の篠宮に面会を申し出て、鳩羽の経歴などを尋ねることにした。
 どうやら上村は巴が綾にのめり込むのを快く思ってないようだし、そうすると自分で直接当たってみるしかない。
 まだ学院内に知り合いなどいない巴にとって、篠宮は唯一の情報源だった。
 上村と同様、名家に生まれ育った彼はおっとりとした感じの優しげな青年で、巴の質問の理由なども特に気にすることなく答えてくれた。

 「僕は一年のときから同じクラスだったけど、鳩羽が入学したときは結構噂になってたよ」
 「え、どうしてですか?」
 「うん、彼はここ数年全くなかった奨学金での外部生だったからね」
 宝条学院では殆どの生徒が内部からの進学で、高等部から入るのはごくごく少数だ。
 成績優秀かつかなりの資産家でなければ、入学は認められないという。かくいう自分もその難関をくぐり抜けたわけだが....。
 そんな中、奨学生として入ってきた鳩羽の立場とはどんなものだったのだろう。
 巴はその辺りを篠宮に聞いてみた。
 「最初は、かなり叩かれてたみたいだよ。貧乏人とか、平民とか。まあ成績は常にトップクラスだし、本人も決して弱気なタイプじゃないからそのうち悪口を言う人も減ってきたけど、ほんとに仲がいいのは寮で同室の名取朱実くらいじゃないのかな」
 ・・・・確かに、あのゴーマンそうな態度じゃ友達も少なそうだよな・・・・
 そんなことを思いながら、ふと尋ねてみた。
 「その、名取さんっていう人はどういう人なんですか?」
 「総代の英絹って知ってるだろ? 名取は彼の分家筋の親戚だよ。あの辺は妙に結束かたくってさ....英に若狭に名取....学院内の一大勢力って感じかな」
 「はあ、なるほど」
 さすがに初等部から在籍しているだけあって、篠宮は学院内の人間関係を熟知しているようだ。
 そして、時間も無いので、肝心のいちばん知りたかったことに触れてみた。
 「あの、その鳩羽さんと綾先輩・・・・若狭さんが付き合ってるっていうのは、本当なんでしょうか?」
 「ははあ、君も若狭に憧れてるクチかな?」
 篠宮はふふふと微笑んだ。
 「彼女はさっきも言ったように、背後には英や若狭がいるから、あれだけの才色兼備なのに皆迂闊に手を出したりしなかった。姫なんて呼ばれて、崇められてるような感じでさ。鳩羽とはよく一緒にいるところを見かけるけど、付き合ってるかどうかまではわからないなあ。
何と言っても、身分違いみたいなところもあるだろうし」
 「・・・・そうですか・・・・」
 確かに篠宮は単なる鳩羽のクラスメートだし、二人が付き合ってるかどうかなんて根掘り葉掘り探るようなものでもないだろう。
 しかし、こういう名門の学院では「身分違い」なんて古臭い言葉があっさり飛び出てくるものなんだなと、妙なところで感心したりした。

 「いろいろありがとうございました。昼休みに時間取ってもらっちゃって、すみません」
 巴は、篠宮に丁寧に礼を言った。
  「またわからないことがあったらおいでよ。この学院、古いだけにいろいろ面白い話もあるからさ。彰宏くんの友達なら歓迎するよ」
 そう言って、篠宮は軽く手を振りながら、教室に戻っていった。

 肝心のところはともかく、今日はいろいろ話を聞けてよかった。
 しかし、やっぱり綾先輩って何だかすごい人なんだなぁ。学院のカリスマがバックにいるわけだし、何より本人が素敵な人だし....。
 俺以外に憧れてる奴も多いんだろうな....。
 そう思い始めると、茶道部員の男子生徒全てがライバルに見えてくる。
 何とか一歩ぬきんでなきゃな....。
 そんなことを考えながら、巴は予鈴の鳴る教室に向かって歩き始めた。



 
◆◆◆◆◆◆◆◆



 今日は、自分以外にも綾の点てるお茶を飲みに来る人間がいるらしい。
 事前にそう綾から告げられていたので、巴は多少緊張していた。またあの男なのか、それとも....。

 ------個人レッスンが始まって、数週間が過ぎていた。
 足の方もだいぶ良くなり、まだ正座まではできないが、綾の真剣な特訓のせいか型や作法なども徐々に身についてきたようだ。
 途中から上村は参加したりしなくなったり、顔を出すのがまちまちになっていったので、自然と二人っきりで練習することが多くなっていた。
 入学以来、週末は殆ど外泊している上村だったが、ここ最近では平日夜までも外出する回数が増えている。
 気にはなっていたが、綾のことで頭がいっぱいの巴には深く追求する余裕もなかった。
 その間、巴は綾と様々な会話をし、その度に想いを深めていったが、自分の下心などまるで入る隙間もないように綾は凛として特訓に打ち込んでいた。
 鳩羽はあれ以来姿を見せていない。
 綾の口からもその名前が出ることはなかった。
 嬉しい反面、個人レッスンも終わりが近づいてきたことで、巴は寂しさを感じていた。

 「綾、失礼するぞ」
 部活動初日の日に見かけた綾の従兄弟・若狭龝が声を掛けた。
 馬術場からの帰りらしく、袴をつけたままの男が他に一人、茶室に入ってきた。
 「龝、いらっしゃい。朱実もどうぞ」
 何と、前に篠宮から聞かされた名前、名取朱実が同席していた。
 学院の中心人物が介したこの茶席に自分がいるのもくすぐったい気がしたが、とにかく鳩羽がこの場にいなかっただけで、巴は平常心に戻っていた。
 「こちらは後輩の巴くん。茶道の特訓中なの。今ケガをしてるから正座はできないけど、熱心に練習してくれるのよ」
 さりげなく自分を紹介してくれた綾に感謝しつつ、巴は軽く会釈をした。
 「ああ、桃から聞いた。彼がそうなのか。よく鳩羽の奴が黙ってるな」
 龝が珍しく笑いながら軽口を叩く。
 「龝ったら....」
 困ったような顔で綾が呟いた。
 「そういえば朱実、あいつ最近教室以外であんまり姿を見かけないけど、どうしたんだ?」
 龝が尋ねる。
 「うん、近頃よく机に向かってるみたいだよ。図書室にこもったり、夜も結構遅くまで起きているみたいだし」
 同室の朱実も声を掛けづらい雰囲気だと言う。
 「あいつ、外部の大学でも狙ってるんじゃないのかな。もともと成績はいいけど、今度の中間では絹のトップの座も危ないかもな」
 「そうだったの....」
 綾はため息をついた。
 鳩羽のそんな動向を知らないようだった。

 巴は、浮かない表情をする綾を複雑な思いで見つめていた。
 今回のことや、前に突然この茶室に現れて綾を当惑させたように、綾は鳩羽に振り回されているように感じる。
 ふたりは本当に気持ちが繋がっている恋人同士なのか.....。
 どうしても自分に都合よく解釈したい気持ち、ふたりの不仲を願う気持ちが高まってしまう。

 そのうち話題は馬術大会や絹のことなどに変わっていき、綾の点てたお茶を味わった後、龝や朱実は退席していった。

 「ごめんなさいね。今日はあんまり練習できなくて....」
 後片付けをしながら、綾が巴に声をかける。
 「いえ、いいんです」
 巴も手伝いをしつつ、綾の様子を伺った。
 心なしか元気がないように感じる。
 「それにしても、巴くん、本当に上達したわね。もうすぐテスト休みに入るから次回くらいでレッスンも終わりにしましょうか」
 「......!」
 突然の綾の言葉に巴は不意を突かれた。
 まだ自分は何もできていない。
 綾の心の中に入り込めるようなことは何ひとつ....。
 ただ自分だけが綾の一挙手一投足に心を動かされ、見惚れていただけだった。
 何か、自分の気持ちを伝える行動を起こさなくては.....。
 急速に焦りの気持ちが芽生えてくる。
 
 巴は綾の肩を掴んだ。
 ビクッとして綾が振り返る。
 「巴くん?」
 「・・・・俺、入学式ではじめて綾先輩のことを見かけて、一瞬で憧れて・・・・。好きなんです。あなたのことが」
 「......!」
 「付き合っている人がいるって聞いても、どうしてもあきらめられないんです。俺、こんなに誰かを好きになったことなんてなくって....」
 腕を取って真剣に訴える巴の言葉に、綾は身動きすることができなかった。
 生徒会長の常盤のときとは全く違う、真摯な情熱を感じる。
 しかし、綾はその手をふりほどくしかできない。
 「・・・・腕を離して、巴くん」
 「綾先輩.....」
 傷ついたような顔が綾に罪悪感を起こさせる。
 「・・・・ごめんなさい、私は・・・・」
 「言わないで.....!」
 そう言って巴は綾の言葉を制止するかのように、強く抱きしめた。
 大柄な巴の力強い腕から逃れることができない。
 「巴くん、やめて」
 もがくような綾の苦しげな声に我に返った巴は、すぐに身体を離した。
 「すみません、つい....でも.....本気なんです」
 「........」
 そう詫びた後、巴は踵を返して、足を引き摺りながら茶室を後にした。
 残された綾は、早鐘を打つ胸を抱えながら、俯いて畳に崩れ落ちた........。




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