第五章  巴の独白



 「上村、いないのか....」
 寮に戻った俺は、部屋に灯りが点いていなかったのでほっとした。
 今日は金曜日だから、上村はまた外泊しているのだろう。
 最近、以前よりもあいつは部屋を空けることが多くなっている。
 別に俺たちの仲が悪くなったとかそういうことはないので、慣れない寮生活の憂さでも晴らしに遊びに出ているのかとも思う。

 それにしても今日は一人になれたのはちょうど良かった。
 綾先輩に勢いで告白をして、フラレそうになって思わず抱きしめてしまったのだから.....。

 もっと心を通わせて親しくなって、それからちゃんと告白したかったのに、もう個人レッスンが終わりかと思うと急に焦りが出てきて、おまけにあの男のことで顔を曇らせている綾先輩を見たらたまらなくなった。
 突然あんなことして、嫌われただろうな、やっぱり......。
 バカだよな、ほんとに。

 「どうした? 灯りもつけないで」
 突然ドアが開き、上村がベッドに寝そべる俺に向かって声をかけた。
 泊まりではなかったらしい。
 がっかりしたような、でも少しほっとしたような気持ちになる。
 「ちょっと面倒だっただけだよ・・・・どっか行って来たのか?」
 俺はのそりと起き上がって返事をする。

 「ちょっと、祐樹の所にな」
 確か祐樹とは上村の親戚の篠宮のことだ。
 「ふうん。お前最近よく出かけるよな。面白いとこあるんなら、俺も今度連れてってくれよ」
 「・・・・別に、たいした用事じゃないよ。それよりお前、元気ないじゃないか。何かあったのか?」
 さすがにお見通しだ。
 「・・・・言いたくねえよ」
 上村には、綾先輩に関することは言い出しづらい。
 「そうか・・・・まあ話したくなったらいつでも言えよ」
 「ああ、サンキュ・・・・」
 「・・・・で、メシは食ったのか?」
 そういえば、夕食のことなんてすっかり忘れていた。
 「まだだ」
 「じゃ、食いに行こうぜ。俺もまだだから」
 無理に聞こうとせず、さりげなく気持ちを切り替えさせようとしてくれているのがわかり、上村の優しさが胸にしみる。
 こいつはいつもそうだ。
 かつて子供の頃は俺がいじめっ子から上村を守っていたが、今では俺の方が上村に救われているのかもしれない。

 俺たちは、連れ立って食堂に向かった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆



 土日を挟むので、数日は綾先輩と顔をあわせる機会がなかった。
 いくら好きだからって、突然抱きしめたりするのはやっぱり反則だと思う。
 謝りたい気持ちと、そんなことをしでかしても綾先輩の顔を見たい気持ちがあって、三年生の教室近くに向かってみた。

 すると、偶然にも綾先輩があの男と一緒に廊下を歩いているのに出くわしてしまった。
 ふたりを見た瞬間、何だか頭に血が上って、好戦的な気持ちが湧いてきた。
 俺だって......俺だって綾先輩を真剣に好きなんだ。
 「巴くん.....?」
 俺に気付いた綾先輩がハッとしたように呟いた。
 「綾先輩、この間のこと、突然すみませんでした。でも、俺あきらめませんから、絶対....」
 自分が冷静さを失っているのはわかっていたが、一気に思っていることを告げる。
 俺は綾先輩の目だけをじっと見つめた。
 周りの生徒たちが何事かと振り返る。

 そう、あいつや周りの人間がどんな反応をしようと知ったことじゃない。
 俺は決してあきらめない。
 それだけ言い残して、俺は踵を返した.......。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆



 翌日--------
 部活のある日だったが、綾先輩は来ていなかった。
 副部長の話だと、臨時の役員会が入ったとのことだ。
 とりあえず避けられたわけではないとわかって、一安心する。
 足の方もだいぶ調子が良くなってきたので、試しに正座をして茶席に入ってみた。
 他の部員たちとも徐々に打ち解けて楽しく過ごせるようになっていたので、あっという間に時間が経っていった。

 ・・・・明日は個人レッスンも終わりの日。それが終わればテスト休みに入って、しばらく綾先輩とは会えなくなってしまう。
 昨日はああ言ったものの、これからどうしようか......。
 そんなことを考えながら、後片付けの当番を終えて茶室を出ると、長身の男が廊下の壁にもたれて立っていた。
 あの鳩羽という男だ。
 「やっと出てきたか」
 待ちくたびれた、とでもいうように鋭い緯線を投げかけてくる。
 俺は怯んだ様子も見せずに向き合った。昨日の宣言で、開き直りのような気持ちが生まれたのかもしれない。
 「何か俺に用ですか?」
 「昨日は随分大胆だったじゃないか。綾の様子が変だったから、問いただしてお前のことを白状させたよ」
 「白状って、そんな言い方....」
 「綾は人を疑うってことを知らないからな。まあそこがいいところでもあり困ったところでもあるんだが」
 鳩羽の挑戦的な物言いに、カチンと来た俺は言い返した。
 「俺が綾先輩を好きになるのに誰かの許可はいらないでしょう。先輩は誰の所有物でも何でもないんだから」
 「ふ・・・・ん、俺のことを調べてみたり小賢しいことをするわりには、結構気が強いじゃないか」
 「・・・・・・!」
 そのことを本人に知られていたとは、思いもよらなかった。俺と上村と篠宮の関係がどこからか聞きつけたのだろうか。
 悔しいが何も言い返せなくなってしまった俺に向かって、鳩羽は続けた。

 「明日、特訓の最終日だろ? 約束の時間より30分早くここに来いよ」
 「何でですか」
 「そのときお前に、綾の本当の姿を見せてやる・・・・・」
 「・・・・本当の姿? どういう意味ですか?」
 「来ればわかるさ。じゃあな」
 皮肉げな笑みを浮かべて立ち去っていく鳩羽の背中を見つめながら、俺は苦々しい思いを抱えて拳を握り締めた。




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