第七章  巴の独白



 俺の心はズタズタに引き裂かれて、まだ完治していない足を少し引き摺りながら寮の部屋に戻った。


 ・・・・・畜生・・・・!ただ綾先輩を弄んでるだけのくせに・・・・
 ベッドに突っ伏して悔しさに身を震わせているところに、部屋のドアが開く音がした。
 上村が戻ってきたようだ。何てタイミングの悪い奴・・・・・。

 「・・・・どうした? また何かあったのか」
 いつものように俺を気遣う穏やかな声が聞こえた。
 だが今の俺にはその優しさが煩わしく、八つ当たりとわかっていながらつい責めるような口調で上村に問い質してしまう。

 「上村、お前知ってたのか?」
 「?」
 「綾先輩と、あの男のこと・・・・。知ってたから反対したのか? 俺・・・・今日茶室で綾先輩があいつに抱かれてるのを見ちまったんだ・・・・」
 しばらく上村は答えなかったが、やがて重い口を開いた。
 「・・・・ああ、知ってた。だいぶ前にたまたま俺もそういう場面に出くわしたことがあってな」
 俺の心は苦々しさに満たされた。
 きっとそうやって綾先輩は何度も何度もあの男と・・・・・。
 「何か俺、すげーみじめだよな。おまえにやめろって言われたとき、あきらめとけばこんな思いしなくて済んだのかな・・・・。 でも好きだったんだ。好きでどうしようもなくて言わずにはいられなかったんだ・・・・」

 「・・・・とにかく、お前は本人に堂々と気持ちを告白できたんだろう?」
 そんな上村を睨みつけて俺は言った。
 「気休めを言うなよ。告白するだけだったら誰だってできるんだよ。恋愛なんて両想いにならなきゃ意味ねーんだよ」
 「・・・・どんなに好きでも、そういう想いを決して口にすることができない奴だっているんだ」
 「はっ、俺にはそんな意気地なしの気持ちはわからねえよ。単に勇気が無いだけか、所詮その程度の気持ちってことだろ」
 「・・・・・・・・」
 無言のまま立ち尽くす上村に向かって、興奮していた俺は更に続けた。
 「お前こそ、本気で誰かを好きになったことなんてあるのかよ。長い付き合いだけど、お前が恋愛で悩んでる姿なんて見たことねえよ」

 「・・・・ひどいことを言うんだな」
 上村は傷ついた表情で、俺の肩を強く掴んだ。
 「・・・・もう限界だ・・・・」
 「え?」
 「・・・・言ってやる。俺は、ずっとおまえが・・・・おまえのことが好きだった・・・・・」
 「・・・・・!?」
 
 一瞬俺には上村が何を言っているのか理解できなかった。
 小学生の頃からずっと親友付き合いをしてきて、女にも人気のある上村・・・・その上村が俺のことを好き?・・・・と。

 「俺は女を愛せないんだ。心だけでなく、体そのものも・・・・」
 「それって・・・・」
 
 「中一の夏休み、俺入院してただろ。そのときの病気が元で男性機能が使いものにならなくなったってことだよ」
 「・・・・・・!」
 何も言えずに俺は上村の顔を見つめた。
 「まあ、それはいいんだ。もともと俺は女よりも男の方にときめくタチらしいとうすうす思ってたから・・・・不幸中の幸いかな」
 上村は微笑しながら言った。

 「・・・・その事実を知って、俺にとっていわゆる「恋愛」っていうものはますます縁遠くなっていった。 ・・・・けどな、そのときやっと気付いたんだ。俺が本当に好きだったのは、いつもそばにいたお前だって・・・・」
 「・・・・・・」
 「強くて明るくて、皆に好かれているお前が羨ましかった。そして、俺に無いものばかり持っているお前の一部になりたいとさえ思った」
 「・・・・・・」
 「けど、こんな気持ちをお前に打ち明けて、友達でいられなくなるのが何よりも恐かった。だから祐樹や他の男と交わることで自分の気持ちを紛らわしてた・・・・」
 「交わるって、セックスするってことか? 男同士で」
 「そうだ」
 混乱した頭の中で、俺は尋ねた。
 「それでお前、そういう奴らと会いにしょっちゅう出かけてたのか・・・・」
 「前はともかく後ろでは役割を果たせるからな」
 自虐的に呟く上村を見て、俺は胸が痛くなった。
 
 ・・・・知らなかった。こんなにそばにいたのに俺は上村が抱えているものを何も理解していなかった。
 いや、自分のことだけでいっぱいいっぱいで、知ろうともしていなかったんだ。 
 俺は男同士の恋愛なんて考えたことも無いし、想像すらしたことが無い。
 だけど、報われない思いを抱きながら誰かに身を任せてしまうというのはわかるような気がする。
 誰だって認めたくない現実から目を背けたい。
 俺がいい証拠じゃないか・・・・・・。

 「そいつらと一緒だったら、俺がそこにいてもいいような気がして落ち着けたんだ。 何しろ、俺に生殖機能がないってわかった途端、親父もお袋も腫れ物に触るみたいになって、後継ぎは妹に婿を取るとか何かいろいろ面倒な話になってさ・・・・」
 確かに上村の家だったら、そんな話もでてくるだろう。
 家にいづらくて、全寮制のこの学校を選んだ理由が今更ながらに頷ける。
 けれど何より、親友であるはずの俺が、上村の中の空虚に気付いてやれなかった。
 俺は自分を殴りつけたい気分だった。

 「・・・・綾先輩のことやめろって言ったのは、別に嫉妬してたからじゃない。偶然、彼氏と一緒にいるところに居合わせたけど、何て言うのか・・・・綾先輩は相手に身を委ねきっていて、男の方もそうで・・・・誰も入り込めないような気がしただけだ。 ・・・・だからお前が傷つくのを見たくなかった」
 その言葉に、俺はまた心の傷口が開くのを感じた。
 上村には、ちゃんとふたりが愛し合っているように見えたのか・・・・。
 いや、そう見ようとしなかったのは俺だけかもしれない。
 でも俺は決してそれを認めるわけにはいかない。でなきゃこの想いはどこにいってしまうのか・・・・。

 親友である上村からの衝撃的な告白・・・・綾先輩と鳩羽のつながり・・・・。
 それらがない混ぜになって、俺はもうどうしていいのかわからず、途方に暮れた。

 「悪かったな。動転してるお前を余計に悩ませるようなこと言って・・・・。 ずっと隠し通すつもりだったけど、何だかさっぱりした気もする」
 「上村・・・・俺は」
 「わかってる。お前は完全なストレートだし、綾先輩のことしか頭にないってこともな」
 女なら完全に参ってしまいそうな、哀しい優しい笑顔で上村は言った。
 「俺はこれから外泊届を出してくるから・・・・それから、もう俺のそばにいるのが嫌だったらはっきりそう言ってくれ。部屋を変えてもらうように手続きするから・・・・」
 「・・・・・・」
 俺は言葉を返せずに、部屋を出て行く上村の後姿を見送ることしかできなかった。

 ひとりぼっちの、しんとした部屋のベッドに横たわり、斜め屋根の窓の外の星空を見つめた。
 子供の頃上村の家に泊まって、星座を指差しながら、夜通ししゃべったり、笑ったりしたことを思い出す。
 なぜだか、涙が頬を伝っていった。
 俺もおまえも決して入ってはいけない聖域に足を踏み入れたのか・・・・。
 その報いがこういうことなのか・・・・・。

 俺は流れていく涙はそのままに、深く目を閉じた。





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