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........まるで火花が弾けるような......幻を見たのかもしれない。
言葉どおり、鳩羽はすぐに綾を高みに押し上げた。
....束の間の情事の余韻に浸る余裕などなく、まだ動悸を抑えることができない。
綾の中に欲望を解き放った鳩羽は、呼吸を整えながら言った。
「もう少し休んでいけよ。担任には言っといてやるから」
「........私、今日はもう早退するわ」
「何だよ。やっぱりどっか悪いのか?」
眉をひそめる鳩羽に、綾は
「そうじゃない......ただ......」
口ごもり、目を伏せる。
「今のこと、怒ってんのか?」
鳩羽の問いに、綾はかぶりを振った。
「違うの......ただちょっと休みたいだけ。本当に大丈夫だから、心配しないで」
虚ろに言葉を返す綾を、鳩羽は自分のもとに強く引き寄せて言った。
「.......俺に隠し事はするな。何かあったら、すぐ言えよ」
「ええ.....」
綾の様子が気になるものの、そろそろ戻らないと不審に思われるだろう。
鳩羽は再び体操着を身に着け、保健室を後にした。
-----また....こんなふうになってしまった......。
綾は自分の脆さが情けなかった。
時に拒もうと思うことがあっても、結局鳩羽の強引な求愛に負けてしまう。
そしていつしか快楽のたゆとう波に溺れてしまうのだ。
鳩羽の指や舌先......触れられる箇所がすぐに熱くなり、自分でもどうにもできないほど濡れてくる。
互いの愛情ゆえとは思いつつも、敏感な体が恨めしいとさえ思うことがある。
それは自分の持って生まれた淫らな血のせいなのだろうか....それとも......。
....幼い頃から見続けてきた母の媚態と自分の乱れてゆく姿が重なる。
鳩羽に対する想いは揺るぎない......けれども.......。
----感じ過ぎてしまうことがまるで罪悪だとでもいうように、綾は深いため息をついた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
体操着のまま寮に戻ろうとした綾は、遠くから自分を呼ぶ声に気づいた。
七葉だった。
「おーい、綾さーん!」
綾とは逆に、寮から校舎へ向かう途中のようだ。
「七葉ちゃん....」
七葉の元気な声に、綾は思わず微笑んだ。
絹と龝の鉄の結束を、良い意味でほどいてしまった不思議な子....。
何事にも物怖じせず、絹と付き合っていれば大変なことも多いだろうが、暗さや迷いを微塵も感じさせない少女だ。
「どうしたんですか? こんな時間に」
「....ええ、ちょっと気分が悪くて早退したの。七葉ちゃんは....?」
「あたしは課題のレポートを部屋に忘れちゃって、取りに戻ってたんです。......あれ?」
突然、七葉の指が綾の首筋に触れた。
「....えっ!?」
驚いて綾が七葉を見る。
「これ.....ついてましたよ〜。誰かさんの髪の毛かな〜?」
ふふふ、と笑いながら、七葉がつまんで見せたのは、紛れもなく鳩羽の髪だった。
「......やだ......」
赤面する綾に向かって七葉は続けた。
「もぉ、最近特にラブラブなんじゃないですかぁ。あたしなんて、絹が忙しいらしくって、ここ二日ぐらい会ってないですよ。ほんとはもっと一緒にいたいですけど....学年違うし....へへ」
「そう....なの.......」
屈託なく絹のことを話す七葉に、
「......あの....ね、七葉ちゃんは........」
綾はふと口に出しかけた言葉を飲み込んだ。
----七葉と絹の関係など、聞いてどうするのだ......。
浮かない様子の綾を見て、七葉は何かを感じ取ったのか、
「綾さん、一緒に軽く昼ごはん食べません? ちょうどおむすびとかも二つあるし。購買で売り切れると困るから、先に買っといたんです」
「....でも、七葉ちゃんの分が」
「いーんですって。後でおやつで補充しますから」
半ば強引にベンチに綾を座らせ、昼食の袋を開き始めた。
「....年下のあたしが言うのも生意気ですけど、綾さんて前よりもすごく可愛くなりましたよね」
「えぇっ?どうしたの急に......」
いきなりの七葉の言葉に、綾は面食らった。
「うーん、はじめて茶室でお茶飲ませてもらった頃とかは、何て言うか....きりっとした美人で近寄りがたいって感じだったけど、最近すごい柔らかい印象で、変わったな〜って」
「.....そう....」
確かにそうかもしれない、と綾は思った。
頑なで臆病だった自分が、心を開ける人にめぐり会えたのだから。
「新学期に入って、傍から見てても二人ともすごくいいムードで綾さんも元気そうだったのに、何かあったんですか? あたしでよかったら聞き役しますよ〜」
「七葉ちゃん......」
絹が周囲の反対を押し切って、生涯の伴侶として想いを貫いた相手....。
心許せる友人など殆どいない綾にとって、七葉の気遣いが胸に沁みた。
「ありがとう.....そんなに大したことじゃないの。でも、恥ずかしいけど、ちょっと聞いていい?」
ためらいながら、綾は七葉に尋ねた。
「なになに、何ですか?」
七葉が真剣な眼差しで答える。
「あのね....、七葉ちゃんと絹は....その....やっぱり絹の方から求められるの?........拒んだりはするの?」
「えぇっ!」
俯く綾に、七葉は一瞬驚いたものの、すぐに納得したように頷いた。
「あーなるほど。....うん、あたしたちはいたってシンプルですよ。まあ、どちらかって言うと絹の方からですけど、あたしもしたいときはしたいって言うし」
「七葉ちゃんが....自分から?」
「うん。女の子だって当然、欲しいってときはあるでしょ。でもそれとは逆に、いくら絹が求めてきても、自分が嫌なときは断固撥ねつけちゃうかな。だって、そうでなきゃあたしらしくないし......って、結構恥ずかしいこと言ってますね。あはは」
七葉が羨ましかった。
まっすぐに絹と向き合って、自分の意思を率直にぶつけている......。
「でも、世の中みんなあたしみたいに単純じゃないからな〜。綾さんたちには綾さんたちなりのかたちがあるだろうし、二人にしかわからない繋がりとかってありますもんね」
「七葉ちゃん、強いのね......。私なんて些細なことに迷ってばかり......」
「......そんなこともないですけど、一度絹と一緒に死んだと思ってるからかな。あんまり怖いものってないかも」
「........」
綾はこの年下の....だがとてつもなく芯の強い少女を見つめた。
絹が七葉に魅かれた理由が、またひとつわかったような気がする。
しばらくして、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「あ、もうこんな時間........七葉ちゃん、ほんとにありがとう」
「そんな〜、あたし全然綾さんの話聞けなくって、ひとりでしゃべってたみたいでスミマセン」
七葉がすまなそうな顔をする。
「ううん、そんなことない。こんな立ち入った質問をちゃんと受け止めてくれて嬉しかった。ありがとう」
綾は微笑んだ。
「うーん、そう言ってもらえるとあたしもほっとしますケド....。じゃ、とりあえず行きますっ!ゆっくり体休めてくださいね!」
手を振りながら、七葉は校舎の方へ駆けて行った。
.....少しだけ救われたような気がした。
そして心の奥底に澱んでいる惑いを吹っ切るかのように、綾は早足で寮の方に向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
寮に戻って、二時間ほど仮眠を取った綾は、頭も少しすっきりして、服を着替えることにした。
まだ夕食には間があるが、いずれにしろ寝具のままではいられない。
すると、しばらくして綾の名前を呼ぶアナウンスが聞こえてきた。
「若狭綾さん、お電話です」
いやな予感がした。
だが、無視するわけにもいかない。
のろのろと椅子から立ち上がり、部屋を出た。
電話室に向かい、寮母の女性から受話器を受け取る。
----案の定、それは母からの電話だった..........。
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